【詳細】
比率:男1・女2(又は男2:女3)
和風・ファンタジー
時間:約40分
【あらすじ】
「お前は何を信じるのかえ?」
人を喰らう妖(あやかし)が住むと言われる山で幼い兄妹が出会ったのは白く美しい姫だった。
村八分にされた幼い兄妹。
その原因とされているのは彼らの祖父母だった。
その祖母が残した「文」。
村長から教えられた「過去」。
山の姫から教えられた「出来事」。
何が正しくて、何が間違っているのか。
五十年前にそこで起きた「真実」とは……
*こちらのシナリオは、兼役をしていただいて三人シナリオとしてお使いいただいても、五人シナリオとしてお使いいただいてもかまいません。
兼役の際は、「梅吉と文吉」、「妙と滝」、シラヒメの配分が一番やりやすいかと思います。
【登場人物】
梅吉:(うめきち)
十二歳。妙の兄。
自分たちが村八分にされる原因を作った祖父を嫌っている。
妙:(たえ)
十歳。梅吉の妹。
祖父母に文字を教えてもらっていたため、少しだけ文字が読める。
梅吉とは違い祖父母のことが大好き。
文吉:(ぶんきち)
十五歳。梅吉と妙の祖父となる人間。正義感が強い。
滝:(たき)
十五歳。梅吉と妙の祖母になる人間。
当時の村長の末娘。身体が弱かった。
シラヒメ:山に住む妖の姫。
普段は人の形をとっているが、本来の姿は白い蛇。
人間のことを嫌っていたが、過去に文吉と滝に出会い、興味を抱くようになった。
●山の中・昼
山頂近くにある社へと向かう、妙と梅吉。
梅吉:おい、妙
妙:なに、兄ちゃん
梅吉:本当に行くのか?
妙:行くよ。行かなきゃいけないから
梅吉:なんでだよ? お前が山に登る必要なんてないだろう。じいちゃんだって死んだばっかりなんだ。家にいてちゃんと供養しねえと……
妙:だからだよ
梅吉:え?
妙:じいちゃんが死んじゃったから、もう聞けないから……私たちは『本当のこと』を自分たちで確かめるしかないんだよ
梅吉:本当のこと?
妙:兄ちゃんはじいちゃんの古い文見た?
梅吉:文? 何だよそれ? そんなもんどこにあったんだ?
妙:じいちゃんが大切にしていた手ぬぐいと一緒に入ってた
梅吉:手ぬぐい? あぁ、あの木の箱の中に大切そうに閉まっていた手ぬぐいか
妙:うん。ばあちゃんの大切な手ぬぐい。じいちゃんの墓に一緒に入れてあげようと思って箱から出したら出てきたの
梅吉:へぇ~。で? その文がどうしたんだよ? 何か面白いことでも書いてあったのか? って、お前が文なんて読めるわけないか
妙:読めたよ
梅吉:は? お前、字が読めるのか?
妙:少しなら。前にばあちゃんとじいちゃんに教えてもらった
梅吉:へぇ。俺が畑仕事してる時に、妙にそんなことを教えてたんだ……
妙:……ごめんなさい
梅吉:べ、別にお前のことを責めてねえよ
妙:でも、兄ちゃんが仕事してくれてたのに……
梅吉:別にいい。身体を動かしてる方が俺の性分に合ってる。文字なんて習ったところで俺には一銭の価値にもならないしな
妙:……
梅吉:それで?
妙:え?
梅吉:その古い文には何が書いてあったんだ?
妙:何って……いろいろと……
梅吉:俺はその「いろいろ」が知りてぇんだけど?
妙:それはまだ内緒……
梅吉:はぁ?
妙:山のお社についたらちゃんと話すから
梅吉:それまではお預けってか?
妙:うん
梅吉:(ため息)お前のそういうところ、本当にじいちゃんにそっくりだよな
妙:え?
梅吉:肝心なことは何も言わねぇ
妙:……ごめんなさい……
梅吉:いいって……それよりも、急ぐぞ
妙:え?
梅吉:急がないと日が暮れっちまう。夜になったら、獣も化け物もうじゃうじゃ出てきて帰れなくなる。そうなる前には村に帰らないとな
妙:……うん
梅吉:妙?
妙:なに?
梅吉:もう疲れっちまったのか?
妙:ううん! そうだね。急いでお社まで行こう!
梅吉:ん? おう!
●山の中・昼
数分後、急に悪くなる天候。
大粒の雨が二人を襲う。
梅吉:っ! お~い、妙、大丈夫か?
妙:う、うん! なんとかっ!
梅吉:急に降って来やがった。これだから、この山は嫌いなんだよ!
妙:兄ちゃん、仕方ないよ! 山の天気は変わりやすいんだから。だから気を付けなさいって、じいちゃんもばあちゃんも言ってたでしょ?
梅吉:……言ってたけどよ。これ、本当に山のせいか? 山に住んでるっていう物の怪の仕業じゃないのか?
妙:物の怪?
梅吉:そうだよ。この山に住んでて、いつだって村の人間を喰おうと機会を狙っている化け物だよ。そいつが俺たちを村に帰さないようにって雨を降らしてんじゃないのか?
妙:そんなこと!
梅吉:あぁ? なんだ? なにか言ったか? 雨と風の音で聞こえねぇ!
妙:……ううん! なんでもない! それより、兄ちゃん、足元気を付けてね!
梅吉:はっ! それは、俺の台詞だ。お前こそ足元に……(ぬかるみに足を取られる)っ!
妙:あ! 兄ちゃん!
梅吉:うわぁぁぁぁ~
梅吉、急斜面を滑り落ちていく。
妙:(梅吉が落ちていった所に駆け寄り)兄ちゃん!
シラヒメ:おや?
妙:え?
シラヒメ:こんな所に何故(なにゆえ)……
妙:(遮って)助けて!
シラヒメ:はぁ?
妙:兄ちゃんを助けて!
シラヒメ:そなた、妾が見えるのかえ?
妙:お願い、助けてください!
シラヒメ:何をそんなに慌てておる?
妙:兄ちゃんが、兄ちゃんが崖の下に!
シラヒメ:ほぅ、そなたの兄が
妙:早くしないと!
シラヒメ:慌てるでない。慌てれば、そなたも兄の二の舞となろう
妙:っ!
シラヒメ:案ずるな。そなたの兄は無事じゃ
妙:え?
シラヒメ:この崖は見た目ほど高くはなくてな。ちょうど、下に背の低い木も生えておる。多少の怪我はしておるじゃろうが、命は無事じゃろうて
妙:(体から力が抜けその場に座り込む)よかった……
シラヒメ:全く、悪運の強いところまであの男の血を引いておるのう
妙:え?
シラヒメ:お妙
妙:は、はい! え? なんで私の名前……
シラヒメ:(微笑んで)さぁ、こんなところで長く雨に打たれるのは人間の子どもにはつらかろう。妾の社に来るといい。特別に招こうぞ
妙:社? もしかして、貴女様は……
シラヒメ:妾はシラヒメ。この山に住まう妖の姫ぞ
●山の中・シラヒメの社・夜
うっすらと明かりが灯る室内。
布団に寝かされている梅吉。それに心配そうに寄り添う妙。
梅吉:(目が覚めて)……うっ……ここは……
妙:兄ちゃん!
梅吉:……たえ?
妙:よかった、気が付いたんだね!
梅吉:……ここは?
妙:ここは、山のお社だよ
梅吉:……おや、しろ……?
妙:そうだよ
梅吉:なんで……?
妙:なんでって、それは……
シラヒメ:(被せるように)それは、妾がそなたらを助けたからじゃ
梅吉:(勢いよく起き上がり)痛っ!
妙:兄ちゃん、急に起き上がっちゃ駄目だよ!
梅吉:お前は!
シラヒメ:(楽しそうに笑いながら)おうおう。威勢のいい男(おのこ)じゃな
梅吉:うるせぇ! 化け物が!
シラヒメ:ほぅ……
梅吉:お前の正体は知ってるんだ! お前がこの山に住み、俺たちや俺たちの村を不幸にしている化け物だろ!
妙:兄ちゃん!
梅吉:妙、お前は俺の後ろに隠れてろ!
妙:兄ちゃん、違うの! シラヒメ様は……
梅吉:(遮って)化け物に『様』なんてつける必要なんてねぇ!
シラヒメ:(ため息)
梅吉:化け物め! お前さえいなければ……
シラヒメ:愚かよのぅ
梅吉:なんだと!
シラヒメ:聞こえんかったのか? 愚かだと言ったのじゃ
梅吉:誰が!
シラヒメ:お主しかおらぬわ。その目と耳は飾り物かえ? その頭の中には何が入っておるのじゃ。全く、あの男に似てまっすぐなのはよい所じゃが、己を持っていないところは一体誰に似たのやら
梅吉:はぁ? 何わけの分からないこと言ってんだ化け物!
シラヒメ:……声を荒げることしかできないのかえ。(鼻で笑い)小童が……
梅吉:このっ!(立ち上がろうとして)痛っ!
妙:兄ちゃん!
シラヒメ:(呆れて)学ばぬな
梅吉:うるせぇ!
妙:兄ちゃん、もうやめて!
梅吉:妙! お前、この化け物のことを庇うのか?
妙:シラヒメ様は私たちを助けてくれたんだよ?
梅吉:……え?
妙:兄ちゃん、覚えてる? 兄ちゃん、雨の中で足を滑らして崖から落ちたんだよ。それをシラヒメ様が助けてくれたの。怪我の手当をしてくれたのもシラヒメ様なんだよ!
梅吉:……うそだろ……
妙:本当だよ!
梅吉:化け物が俺たち人間を助けるはずがない!
シラヒメ:……何故、そう思うのじゃ?
梅吉:村長(むらおさ)様が言っていたんだ。山に住む化け物は俺たち人間のことが嫌いで、出会えばその人間を殺すんだろ。そのくせ生贄を欲しがって、村から人間を山に送り込ませるために天気や農作物の成長を悪くしたりするんだろ! 数年に一度、山の神様にお送りする巫女様も横取りして自分たちの食い物にしてしまうんだってな。 はっ! 本当に救いようのない化け物だな、お前らは!
シラヒメ:……人間を殺す、生贄を欲する、山神様への巫女様すらも食い物にする……人里に下りぬ間に妾はそんな風に言われるようになっておったのか
妙:……シラヒメ様
シラヒメ:お妙、そなたが気に病むことではない。(鼻で軽く笑い)そうか、あの村は本当に救いようのない村となったのう
梅吉:はぁ?
シラヒメ:それで? お主はなんのためにこの山に入ったのじゃ? まさか、自ら進んでその化け物の生贄になりにきたというわけではあるまい?
梅吉:俺は!
妙:(言葉を遮り前に一歩出て)私です!
シラヒメ:ほぅ
梅吉:妙!
妙:私が私の意思でこの山に入りました
シラヒメ:それは何故じゃ?
妙:……貴女様に、お会いしたかったからです
梅吉:……妙?
シラヒメ:なるほどな。して、用件は?
妙:貴女様に会って、直接聞きたいことがありました
シラヒメ:聞きたいこと?
妙:はい
梅吉:おい、妙、どういうことだ?
妙:兄ちゃん、黙っててごめんなさい。でも、私がシラヒメ様と会いたいと言ったら、兄ちゃんは反対したでしょ?
梅吉:当たり前だ!
妙:だから言えなかったの……
梅吉:……妙……
シラヒメ:して、お妙。そなたは妾に何が聞きたいのじゃ?
妙:五十年前に私たちの村とこの山で起こったことの『真実』を
シラヒメ:……ほぅ
梅吉:五十年前?
シラヒメ:お妙、そなたは何故にその『真実』とやらを聞きたいのじゃ?
妙:え?
シラヒメ:もう五十年も前のこと。今更蒸し返したところで何にもならぬじゃろう。そなたたちの過去が変わるわけではない
妙:それでも、私は知りたい! いえ、知らなくてはならないと思うのです
梅吉:妙?
妙:もう当時の『真実』を知る者はいなくなりました。このままでは『嘘』が『真実』として一人歩きをしてしまいます。そんなの私は嫌です!
シラヒメ:……あいわかった。だが、そなたの知りたいと申しておる『真実』が必ずしも綺麗なものとは限らぬ。それでも聞く覚悟はあるのかえ?
妙:……はい
シラヒメ:(微笑んで)いい目をしておる。あの時のあの娘にそっくりじゃ。己の意思を貫く強さ。そなたはあの娘からそれを引き継いだのだな
シラヒメ、妙に近づき頭を撫でようとする。
梅吉:おい! 妙に近づくな化け物!
シラヒメ:(ため息)お主とは真逆じゃのう
梅吉:はぁ?
シラヒメ:(梅吉を無視して)して、妙、何を聞きたい
妙:私たちのじいちゃんとばあちゃん……いえ、文吉とお滝のことを
シラヒメ:ほぅ、懐かしい名前じゃのう
妙:シラヒメ様、この二人がこの山に来た時のことを知りたいのです
梅吉:何言ってるんだ!
妙:……兄ちゃん
梅吉:そんなこと、こいつに聞かなくたって嫌というほどわかっているだろ!
妙:……
梅吉:ばあちゃんはこいつなんかのために生贄として山に送られた。それをじいちゃんが勝手に連れ帰ってきた。だから、天気も荒れに荒れ、農作物も危ういことになった。じいちゃんが勝手なことをしたせいで、俺たちは今もこんな目にあってるんだ。そんなこと、こいつに聞かなくても……
シラヒメ:(遮って)ほぅ、村ではそう言われているのかえ?
梅吉:そうだ! お前さえ生贄を欲しがらなければ、俺たちはこんな目にあわなくて済んだんだ!
シラヒメ:こんな目とな?
梅吉:しらばっくれるな! どうせ、知っているんだろう! あぁ、でも教えてやるよ。お前のところに送ったばあちゃんをじいちゃんが勝手に連れ帰って来たから、俺たちは今村のみんなから疫病神扱いされてるんだ。あの年から続く農作物の不作も、悪天候も全部俺たち家族のせいだってな。全部お前のせいだ!
シラヒメ:……相変わらず、人間は己の保身が大事なのだな。いや、あやつらの場合は富が大事だったのかもしれぬな
梅吉:はぁ? お前、何言って……
妙:(遮って)シラヒメ様、教えてください。五十年前、この山で何があったのか
シラヒメ:……妾とて、妾の見たもの聞いたものしか知らぬ。この話は、あくまでも『妾の話』じゃ。何を信じ何を捨てるかは己で判断せよ
妙:はい
シラヒメ:五十年前のある日。今日と同じように雨が強く降っている中、一人の娘がこの社に生贄として連れてこられた。娘の名は滝。歳はちょうど、十四、五の頃のように見えた。肌は白く、身体も細く、美しい娘じゃった。娘を連れてきたの男どもは娘を置くとそそくさと帰っていった。奴らの姿が見えなくなってから、妾は娘に話しかけた
●山の社・過去・五十年前
正座で俯き座る滝。
シラヒメ:おい、そこな娘
滝:っ! は、はい!
急ぎ指をつき伏せる滝。
シラヒメ:面を上げよ
滝:そ、それはなりません
シラヒメ:何故じゃ?
滝:この社の主様の顔を見ることは村で禁じられておりますゆえ
シラヒメ:その主が面を上げよと申しておるのだが?
滝:……
滝、ゆっくりと顔を上げる。
シラヒメ:そなた、あの村の娘か?
滝:はい。現村長の娘、滝と申します
シラヒメ:滝
滝:はい
シラヒメ:妾は人を喰ったりせぬ。ゆえに、生贄など必要ない
滝:え?
シラヒメ:村へと帰れ
滝:そ、そんな! 困ります!
シラヒメ:困る?
滝:私は生贄としてこの社にきました! 私の命と引き換えに、今村を襲っている悪天候を止めてもらうために。このまま雨が降り続けば、農作物は枯れ、疫病も流行り、村は死人で溢れかえってしまいます!
シラヒメ:それがどうかしたのかえ?
滝:え?
シラヒメ:人間は勝手なものよのう。確かに、天候を左右する神や妖もおる。だが、全てが全て我らのせいにするでない。今、村で起こっていることは神や妖のせいではない。少なくとも妾のせいではな
滝:そんな……
シラヒメ:自然とは時に残酷なものよ。これを知るのも、人の子として大切なことじゃろうて
滝:それじゃ、私は……何のために……
シラヒメ:だから言うておろう。妾に生贄は必要ないと。山の麓まで送ってやろう。早々に家に帰るがよい
滝:それでは……っ!(急にせき込む)かはっ!
シラヒメ:……そなた……
滝:(浅く息をしながら)申し訳ありません、主様。神聖な場所を血で穢してしまい……
シラヒメ:肺の病か?
滝:……
シラヒメ:なるほどのう。それで、そなたが生贄となったのか
滝:……
シラヒメ:おかしいと思うたのじゃ。いくら天候が荒れ、村の危機だと言えど、村長の娘を生贄にするなど
滝:……申し訳ございません
シラヒメ:もう、長くはないのか?
滝:……わかりませぬ。ですが、徐々に体が言うことを利かなくなってきているのはわかります
シラヒメ:なるほどのう。そなたも、大変じゃのう……
滝:え?
シラヒメ:のう、滝よ。妾と取引をせぬか?
滝:取引?
シラヒメ:あぁ、それは……
社の扉がバンと大きな音を立てて開く。
文吉:化け物! お滝に触るな!
シラヒメ:ほう
滝:文吉さん! どうしてここに!
文吉:お滝! 俺はやっぱり納得がいかない。何故、生贄を出さなければならない。雨もじきに止む。農作物だってそれから考えればいい。今は耐えるときだ!
滝:……文吉さん
シラヒメ:ほぅ。人間の子にしては先見の目があるのう
文吉:黙れ、化け物!
滝:文吉さん! (せき込む)
文吉:お滝! お前、血が……化け物、お滝に何をした!
シラヒメ:妾は何もしてはおらぬ
滝:(せきを耐えながら)ぶ、文吉さん、本当です。主様は何もされていません。これは元々なんです
文吉:え?
滝:……黙っていてごめんなさい。父にきつく口止めされておりましたが……私の身体は病に侵されております
文吉:そんな……
滝:きっと、もう、長くはないでしょう
文吉:何を弱気なことを!
滝:自分の身体です。自分が一番よくわかっています。だから、せめてもと思い、贄となることを選んだのですが……ダメだったようです……
文吉:え?
シラヒメ:妾は人間を喰うたりせぬ
文吉:嘘だ! 今までだって、人間を……
シラヒメ:(遮って)喰うてはおらぬ
文吉:じゃあ、今までの生贄はどこに行ったんだよ!
シラヒメ:知らぬ。大方、森に住まう獣たちの仕業じゃろう
文吉:……え
シラヒメ:森にいるのは妖だけではないこと、当然知っておろう? か弱き存在を一人このような所に残して置いたらどうなるか。想像するも容易きことじゃろう
文吉:……
シラヒメ:何もかも妾のせいにするのはいただけぬな
文吉:……すまねぇ
シラヒメ:(心底意外そうに)ほう、妾の言葉を信じるのか?
文吉:……癪だが、確かにお前が人間を喰うところを見たわけではないからな、否定も肯定もできない
シラヒメ:(面白そうに微笑み)そなたたちのような人間がまだいるとはな。あの村もまだ捨てたものではないということか……
文吉:は?
シラヒメ:して、先ほどの話に戻ろう。滝、そなた、妾と取引をせぬか?
文吉:取引?
シラヒメ:そうじゃ。滝、そなたの中にある病の種、妾がもらい受けよう
滝:え……
文吉:それは本当か!
シラヒメ:あぁ、本当じゃとも。ただし、条件がある
文吉:条件?
シラヒメ:当然のことであろう? 取引とは、互いに利がなければ成り立たぬ
文吉:……
滝:その条件とは何ですか?
シラヒメ:妾の話し相手になってはくれぬかえ?
滝:……え
シラヒメ:何も今すぐにとは言わぬ。そなたが寿命を全うしたのち、この社に来て妾と言葉遊びをしてほしいのじゃ
滝:そんなことでいいのですか?
シラヒメ:そんなことではない。妾にとっては大切なことよ
滝:も、申し訳ありません!
シラヒメ:(クスクスと笑い)よいよい。そのようにかしこまらないでおくれ
文吉:(ジッとシラヒメを睨む)……
シラヒメ:……文吉と言ったか? そなた、この取引に何か不満があるようじゃのう
文吉:……
滝:文吉さん?
シラヒメ:妾に隠し立てすることはない。言うてみよ
文吉:……取引の内容はわかった。本当にそれだけか?
シラヒメ:それだけとは?
文吉:人間の寿命を変えるんだ、本当に死んだ後に話し相手になるだけでいいのか?
シラヒメ:……ほう
文吉:それはお滝にとって悪い影響が出ることはないのか?
シラヒメ:悪い影響とは?
文吉:それがわからないから聞いてる!
シラヒメ:お主の言う悪い影響かはわからぬが、輪廻転生というものを信じるのであれば、お滝が再びこの世に生を受けるのが少し遅くなるかのう
文吉:なっ!
シラヒメ:当然であろう? 妾の元にしばしの間魂があるのだ。すぐに輪廻転生の輪には入れぬ
文吉:そんなの!
滝:(遮って)かまいません
文吉:お滝!
滝:それで今、この病が消えるのであれば、私は喜んでその取引をさせていただきます
文吉:何を言ってるんだ!
滝:それで今、この生を送れるのであれば、私は本望です
文吉:……お滝
滝:文吉さん、私は今、この生を全うしたい。貴方がいる、この時を共に生きたいのです
文吉:……
シラヒメ:ここまで女子(おなごに)に言わせておいて、首を横に振るのかえ?
文吉:……物の怪め……
シラヒメ:なんとでも
文吉:……わかった
滝:文吉さん……
シラヒメ:では……
文吉:(遮って)だが、お滝一人では行かせねぇ
滝:え?
文吉:おい、物の怪!
シラヒメ:なんじゃ?
文吉:俺もその話し相手とやらになってやる!
滝:文吉さん!
シラヒメ:ほぅ、して、その対価としてお主は妾に何を望む?
文吉:お前がお滝の魂を解放するとき、俺も一緒に解放しろ。それまでは、死んでからずっとお前の相手をしてやる
滝:文吉さん、そんな!
文吉:俺もお滝と一緒にこの生を送りたい。輪廻転生と言うものが本当にあるというのであれば、来世もその先も共にいたいんだ
滝:……文吉さん
シラヒメ:転生しても会えるとは限らんがのう
文吉:それでも!
シラヒメ:(楽しそうに微笑んで)
滝:主様?
シラヒメ:人間とは本当に面白いものよのう。同じ人間でもこうも違い、こうも短い間に物事を考え進んでいける生き物なのか
文吉:それで、どうなんだ、物の怪
シラヒメ:……よかろう。お主の条件、受け入れようではないか
●山の社・現在・夜
神妙な顔でシラヒメの話を聞く妙。
自分が聞いていた話とは全く違う過去を語られ困惑する梅吉。
シラヒメ:これが五十年前、この社で起きたことじゃ
妙:……
梅吉:……嘘だろ……
シラヒメ:どうした、小童?
梅吉:こんなの、作り話だろ! お前が勝手に作ったんだろ!
シラヒメ:作る? 妾になんの利がある? 妾は人間に好かれようとも媚びようとも思うておらんわ
梅吉:……そんな……
シラヒメ:どうしたのじゃ? 村長様から聞いていた話とは違うておったのかのう?
梅吉:っ……
シラヒメ:(軽く鼻で笑い)図星か
梅吉:違う! 村長様が嘘をつくはずなんてない! 悪いのはじいちゃんで、自ら進んで生贄になったばあちゃんを無理矢理連れ帰って、そのせいで天候は荒れて大変なことになったんだ! 後日、お偉い巫女様が祈祷してくださって村は救われた。じいちゃんが全部悪いんだ!
シラヒメ:(ため息)己を持たぬものは本当に哀れじゃのう
梅吉:何だと!
シラヒメ:では、逆に問おう。何故、妾が嘘をついていると思う?
梅吉:それは、お前が人間を喰らう化け物だからだ!
シラヒメ:何故、お主の村の村長の言うことは正しいと言いきれる?
梅吉:村長様は代々俺たちの村を守ってきてくださった。だから村長様は絶対なんだ。その村長様が嘘をつくはずなんてない!
シラヒメ:……では、お主の村のあの村長は何故に己が娘を生贄に差し出した?
梅吉:それは、村の長として他の者に子を亡くす辛さを与えまいと……
シラヒメ:そのために病を持った、生贄には相応しくない娘を妾に差し出したと? あれが本当に儀式の贄であったとすれば、神々の怒りを買いかねんぞ? まぁ、真っ当な神は贄など欲さぬがな
梅吉:それは……ばあちゃんが、当時の村長様が一番可愛がっていた末の娘だったからで……
シラヒメ:可愛がる? その言葉を免罪符にして病を持ったあの娘を家から一歩も出さず、地下の座敷牢に入れていたのに?
梅吉:……え……
シラヒメ:このことまでは知らんなんだか。ほんに可愛がっていたのであれば、この山から無事に帰ってきた娘を労わるはずじゃろう? それこそ、「山の神が我が娘をお助けくださった」なんて、最もらしい口実を並べてな。なのに、それをするどころか、あの勇敢な男と共に村のはぶれ者にした。おかしいとは思わなんだか?
梅吉:……
シラヒメ:そもそもの話。その偉い巫女とやらが祈祷して納まるような悪天候、何故はじめからその者に頼まなかったのじゃ?
梅吉:……それは……
シラヒメ:どうじゃ? つつけば端から壊れていく砂の城のような脆い嘘じゃろうて
梅吉:……
シラヒメ:少し考えればわかるであろう。村長だからとあの男の言うことを全て信じてきたお主には気が付けなかったであろうがな
梅吉:……
シラヒメ:して、妙
妙:はい
シラヒメ:そなたが知りたかった真実とやらはわかったかえ?
妙:はい
シラヒメ:そうか
妙:やっぱり、ばあちゃんとじいちゃんの文には本当のことが書かれてありました
シラヒメ:本当のこと?
妙:はい。このお社で五十年前に起こったことの全てが
シラヒメ:ほぅ。あの二人がそんなものをしたためておったのか
妙:はい
シラヒメ:それでその文はそなたに託されたと
妙:ばあちゃんの文はばあちゃんが死んだときに、じいちゃんの文はじいちゃんの物を整理していた時に見つけました
シラヒメ:それでこの山に来たのか
妙:はい。ばあちゃんの文、じいちゃんの文、村長様のお話、同じことを言っている部分もありましたが、三人とも違うことを言っていました。だから、知りたかったんです。五十年前、このお社で何が起きたのか
シラヒメ:そうか
妙:はい。そして、決めなくてはいけないと思ったのです
シラヒメ:決める?
妙:はい。私たち家族が、村の禁を犯した裏切り者と言われてもあの村にいられたのは、村長様がこの山に住まう妖からの祟りを恐れていたからだと思います。このお社から無事に帰ってきた二人。もしかしたら、妖に気に入られているかもしれない者に手を出すのは恐ろしかったのでしょう。ですが、その二人も亡くなり、私と兄ちゃんだけになりました
シラヒメ:なるほど。あの村の者たちが何をしてくるかわかったものではないな
妙:……はい
梅吉:そんな! 妙は俺が守る!
シラヒメ:(鼻で笑い)小さな童が大の大人相手に何が出来る
梅吉:っ!
シラヒメ:大方……妙、そなたが今度は生贄にと、言われたのではないか?
梅吉:そんな馬鹿な!
シラヒメ:馬鹿はお主じゃ。あの者どもならそれくらい言い出すことなど朝飯前じゃろうて
梅吉:そんなはずはない! 村長様は俺に約束してくれたんだ!
シラヒメ:約束?
梅吉:……
シラヒメ:お主はその約束とやらを本気で信じるのかえ? あんな口だけの者どもを信じるのかえ?
梅吉:……俺は……
妙:……兄ちゃん
シラヒメ:(小さくため息をつき)もう夜も遅い。二人とも寝るがいい
妙:……シラヒメ様
シラヒメ:案ずるな。この社には何人たりとも妾の許しがなくては入れぬ。獣も妖もな。故に安心して眠れ。この先のことは明日また考えればよい。黙って村に戻るのか、山を越え別の地へと行くのか
シラヒメ、社から出て行こうとする。
妙:あ、シラヒメ様、どちらへ?
シラヒメ:妾は外にいよう。化け物が一緒では小童の気が休まらなんだろうからな
梅吉:……
妙:シラヒメ様……
シラヒメ:(妙に優しく微笑み)雨も上がり、綺麗な満月が出ておる。月の光を浴びて休むにはちょうどいい
妙:はい! おやすみなさませ
シラヒメ:おやすみ。(梅吉に視線をやり)あぁ、小童
梅吉:……
シラヒメ:蛇の急所は人間と同じ首筋じゃ。刺すなら間違えずに仕留めよ
梅吉:っ!
妙:シラヒメ様?
シラヒメ:ではな
シラヒメ、社を出ていく。
妙:シラヒメ様、どうしたんだろう?
梅吉:……
妙:兄ちゃん?
梅吉:……妙、寝よう
妙:う、うん。おやすみ、兄ちゃん
梅吉:おやすみ、妙
●山の社・翌朝
微かに入る朝日が眩しくて目を覚ます妙。
その隣には、先に起きて妙を見守る梅吉の姿がある。
妙:……ん……兄ちゃん……?
梅吉:あぁ、妙、起きたか?
妙:うん
梅吉:よく眠れたか?
妙:うん。あ、兄ちゃん、シラヒメ様は?
梅吉:……
妙:兄ちゃん?
社の扉が開き、シラヒメが入ってくる。
シラヒメ:おや、もう起きていたのかえ?
妙:シラヒメ様! おはようございます
シラヒメ:あぁ。よく眠れたか?
妙:はい!
シラヒメ:そっちの小童も
梅吉:……あぁ
シラヒメ:昨日はせっかく蛇を仕留める絶好の機会だったというのに、良かったのか?
梅吉:……
妙:兄ちゃん、シラヒメ様?
梅吉:大丈夫だ、妙。なんでもない
シラヒメ:(おかしそうに微笑む)
妙:ん?
シラヒメ:して、答えは出たのか?
梅吉:……
妙:シラヒメ様、私はあの村を出ようと思います。あの村にいたらいけないと思うんです
シラヒメ:そうか。それで、そっちの小童はどうするのかえ?
梅吉:……俺は……
妙:……兄ちゃん
梅吉:俺は、まだ何が正しいかなんてわからない。ばあちゃんとじいちゃんが嘘をついているかもしれない。村長様の言葉が嘘かもしれない。お前が俺を騙しているのかもしれない
シラヒメ:ほぅ
梅吉:だから、俺はここを離れる。今のままの自分じゃ、妙のことも自分のことも守ることは出来ない。一度全てを捨て、生き方を変えてみようと思う。自分の目を信じ、耳を信じ、考えを信じられるように
シラヒメ:(嬉しそうに微笑む)
梅吉:なんだよ? どうせ、また小童ごときがとでも言いたいんだろ……
シラヒメ:よいのではないか?
梅吉:え?
シラヒメ:己が信じるものは己が目で見て、耳で聞いて、考え答えを出す。お主が今まで拒んできたことだ。そう容易くはいかぬじゃろうがな
梅吉:……
シラヒメ:それでも、それを決意すること、胸にとどめることが何よりも大切なこと。それを忘れるでないぞ
梅吉:……あぁ
シラヒメ:では、この山の麓まで送ってやろう。道中、人間が食べられる木の実らを教えてやろう。次の住 処を見つけるまで必要じゃろうからのう
妙:ありがとうございます、シラヒメ様。それと……
シラヒメ:なんじゃ?
妙:気がかりなことが……
シラヒメ:なんじゃ? 申してみよ
妙:村の外に残してきたばあちゃんとじいちゃんのお墓のことが心配で……
シラヒメ:あぁ、そのことか。それならば案ずるな
妙:え?
シラヒメ:そなたたちがここを去った後、妾が守ってやろう。誰にも荒らされぬようにな
妙:ありがとうございます!
シラヒメ:(微笑む)よい。元々、そのつもりじゃ
妙:え?
シラヒメ:あの二人からの頼みでな。そなたらが村を去ることがあれば、己らの骸は出来ればこの社の近くに墓を移してほしいと
妙:そうだ! じいちゃんとばあちゃんの魂はここにまだいるんですか?
シラヒメ:いいや、もうおらん
妙:え?
シラヒメ:あの男、死んだその日のうちにこの社に飛んできてな。熱い熱い再会を果たしておった。ちと目のやり場に困ったのでな。早々に追い出してやったわ
妙:えぇ!
シラヒメ:案ずるな。追い出しただけじゃ。しばらく二人で旅でもしてのんびりと過ごすのではないかのう
妙:……そうなんだ
シラヒメ:帰ってきたら、早々に魂を解放してやらねばな
妙:え?
シラヒメ:共に生をと望んでおったのじゃ、共にそろって輪廻転生の輪に返してやろうぞ
妙:……シラヒメ様、ありがとうございます
シラヒメ:(微笑んで)そなたに礼を言われるとは
妙:(微笑む)
シラヒメ:さて、そろそろ社を出ようかのう。梅吉、妙、もう動けるかえ?
妙:はい!
梅吉:はい
シラヒメ:二人の行く末に白き龍の加護があらんことを
―幕―
2021.02.27 ボイコネにて投稿
2022.09.22 加筆修正・HP投稿
お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)
Special Thanks:藤城慧様
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