己の信じる道を


【詳細】

比率:男1・女1

和風・ラブストーリー

時間:約15分


【あらすじ】

時は明治。

とある座組に所属する菊次郎は今日も女形として舞台に立っていた。

彼の傍らにはいつも付き人のてるがいる。

男だらけの座組。

でも、てるには大きな秘密があって……



【登場人物】

菊次郎:(きくじろう)

    とある座組に所属する売れっ子の女形。

    幼い頃に両親を亡くし、この座組の座長に引き取られる。

    てるとは彼女が引き取られたときから一緒にいる。


 てる:菊次郎の付き人。

    幼い頃に橋の下に捨てられていたのを座長に引き取られる。

    実は女性だが、ひた隠しにしている。



●芝居小屋・昼

   女性に囲まれている女形の姿の菊次郎。


菊次郎:みんな、今日も来てくれてありがとうね。(ファンの女の子に)あら、綺麗だなんて嬉しい。でも、あんたの方が綺麗よ。(違うファンの女の子に)あら? こらこら、そんな顔しないの。女はいつも笑顔でいるのが一番よ。(また違うファンの女の子に)えぇ、今日は夜も出番があるわ。よかったらまた観に来てね

 てる:菊次郎さん

菊次郎:あら、てる。もう、そんな時間?

 てる:はい

菊次郎:わかったわ。すぐに行く。みんな、ごめんね。夜の準備があるから、この辺で

 てる:(菊次郎のファンの女性たちに丁寧に)お嬢様方、すみません。菊次郎さん

菊次郎:あ~い。じゃあ、ね


   菊次郎、てる、芝居小屋へと入る。


 てる:(息をついて)相変わらず、人気者ですね、菊次郎姐さん?

菊次郎:あら? 妬いてるの?

 てる:(ため息をついて)ここ、もう楽屋ですよ? とっとと役から抜けてください

菊次郎:あら、そんなつれないこと言わないでよ


   菊次郎、てるの肩を抱く。


 てる:(ため息をついて)そんなんだと、夜の公演、もちませんよ?

菊次郎:ふふふ、私はそんなにやわじゃないわよ

 てる:……実力行使……

菊次郎:え?


   てる、菊次郎の背中を思いっきりたたく。


菊次郎:痛って! お前、何すんだよ!

 てる:役、抜けました?

菊次郎:へ? あ、俺、またやってた?

 てる:やってました

菊次郎:あっちゃ~

 てる:もう……いい加減自分で役を抜いてください

菊次郎:すまんすまん。つい、な

 てる:菊次郎さんが真面目で役に一直線なのは知っていますけど、いつまでもそんな風だと身体が持ちませんよ?

菊次郎:(苦笑しながら)面目ねぇ。でも、その時のためにお前がいてくれてるんだろう? おてるちゃん?

 てる:っ! その呼び方はやめてください

菊次郎:お? 照れてる照れてる

 てる:照れてません!

菊次郎:いいだろ。ここにはお前と俺しかいねぇんだから

 てる:だとしても、僕はおてるに戻るつもりはありませんからその呼び方は不愉快です

菊次郎:お前も頑なだね~

 てる:なんとでも

菊次郎:……そんなに芝居が好きかい?

 てる:好きです

菊次郎:女としての幸せを捨てても?

 てる:……とうに、捨てていますから

菊次郎:……てる……

 てる:僕は捨て子です。だから、僕が女を捨てたとて誰も悲しむ人はいません

菊次郎:……座長がいるだろうが

 てる:座長には感謝しています。座組の経営が苦しかったのにも関わらず、僕を拾ってくれたこと。そしてここまで育ててくれたこと。だから、僕は恩返しがしたい

菊次郎:……恩返し

 てる:それが出来るまで僕はこの姿のままでこの座組にいたいんです

菊次郎:おやっさんはそんなこと望んじゃいねぇと思うぞ?

 てる:……

菊次郎:お前は今でも十分よくやってくれている。あの人もそろそろお前に普通の娘としての幸せをと思っているだろうさね

 てる:……それでも

菊次郎:ん?

 てる:僕は芝居が好きだし、この座組にいたいんです。例え、舞台に上がれなくても、兄さんたちが作る舞台の手伝いがしたい

菊次郎:……わかったよ……

 てる:菊次郎さん?

菊次郎:お前はやっぱりおやっさんの子だ。頑固で自分の意思を少しも曲げやしねぇ

 てる:(嬉しそうに微笑んで)そりゃ、座長の子ですから

菊次郎:でも、辛くなったら言えよ?

 てる:え?

菊次郎:俺には隠す必要なんてねぇ。お前が女であることを知っている限られた人間の一人だ。おやっさんもそのつもりで俺にお前の秘密を教えたんだろうからな

 てる:……はい……

菊次郎:よし、じゃあ、行くぞ。夜に備えてまずは飯だ

 てる:はい!


   二人、食事処へと向かう。


菊次郎:(M)俺がてると出会ったのはまだ互いに子どもの頃だった

    俺自身幼い頃に親を亡くし、この一座の座長にもらわれた

    その座長がある日いきなり薄汚れたてるを連れてきたのだ。聞けば、橋の下に捨てられていたという

    傍には申し訳程度に古い子供用の着物と名前が書かれた紙が置いてあったらしい

    初めて会ったとき、俺はてるのことを可愛い顔の男の子だと思った

    そして、いずれ俺の好敵手になるやつだとも思った

    しかし、だからといって俺とてるの仲は決して悪いものではなかった

    一緒に遊んだし、一緒に読み書きの練習もした

    てるはまるで本当の弟のようで、慕ってくれるあいつを兄として守りたいと思った

そして月日がたち、ある日、俺は座長に呼ばれ、何か大役が命じられるのかと思いワクワクしながら座長の部屋に向かった

    そこで告げられたのはてるの本当の性別

    それを聞かされた時、俺は子どもながらに悟った。座長の意思を、俺に向けてくれた信頼を

    その日から、てるは俺の付き人となった

    そして、下っ端の若い野郎に付き人が付いてもひがまれないようにいろいろと大変だとされる俺は女形へとなった

    俺を慕ってくれている、この子のために……



●芝居小屋の近くの堀・夜

   一人、ほろ酔い気分で歩く菊次郎。


菊次郎:ふぅ、ちょっと飲みすぎたかな……


   裏路地の暗闇から音が聞こえる。


菊次郎:ん?

 てる:(口をふさがれそうになりながら)やだ! やめて!

菊次郎:てる! 


   菊次郎、走って物音の方へと行く。


菊次郎:(大声で)おい、てめぇら、そこで何してる!


   男たち、散る。


菊次郎:(駆け寄り)てる! 大丈夫か!

 てる:(菊次郎の伸びる手を払い)いや! 

菊次郎:てる! 俺だ! 菊次郎だ!

 てる:いやだ! ごめんなさい! ごめんなさい!

菊次郎:てる!

 てる:私が……私は……

菊次郎:(息を吸って、優しく)おてる

 てる:っ!

菊次郎:怖かったねぇ。大丈夫さね。ここには私とお前さんしかいない

 てる:……菊次郎……姐さん……

菊次郎:そうだよ

 てる:姐さん!(菊次郎に勢いよく縋り付く)

菊次郎:おっと。どうしたんだい?

 てる:姐さん……私、私!

菊次郎:大丈夫、ゆっくり息をしな?

 てる:はい(数回深呼吸を繰り返す)

菊次郎:(それを見届けて)落ち着いた?

 てる:……はい……

菊次郎:じゃあ、男の方に戻ってもいいかしら?

 てる:……多分……

菊次郎:わかった。(一息ついて)ダメだったら戻すから言え

 てる:はい

菊次郎:ここで何が……ってその前に……(自分の羽織っていた着物をてるにかけて)ほら、これで隠せ。男物だから余裕で隠れる

 てる:……(着物をギュッと胸元で握る)

菊次郎:それで、何があった?

 てる:……

菊次郎:……言いたくないか?

 てる:……

菊次郎:(てるの背中をゆっくりさする)大丈夫。ここには俺しかいない。怖いことは何もない。何かあっても俺が守ってやる

 てる:……菊次郎さん

菊次郎:何があった?

 てる:……私は、あの座組にいてはいけませんか?

菊次郎:はぁ?

 てる:……お前はあの座組にいるなと……薄汚い媚びを売って、変装までして……あそこにいるなと……

菊次郎:言われたのか?

 てる:……はい……

菊次郎:誰に?

 てる:……わかりません……知らない人でした……

菊次郎:……

 てる:……菊次郎さん

菊次郎:なんだ?

 てる:……私はあそこにいては迷惑ですか?

菊次郎:はぁ?

 てる:……私があそこにいて迷惑だと言うのであれば……私は……

菊次郎:お前は馬鹿か

 てる:っ!

菊次郎:みんながお前のことを邪険にしたことなんてあったか?

 てる:……ないです……

菊次郎:じゃあ、座長がお前に出て行けといったことは?

 てる:……ないです……

菊次郎:一時の感情に流されるな。流されれば、大事なものを見失うぞ?

 てる:……っ……

菊次郎:お前はあの一座に必要だ。信じられないか?

 てる:……

菊次郎:(ため息をついて)自分のことが信じられないのなら、俺を信じろ

 てる:え?

菊次郎:俺にとってお前は必要な存在だ。付き人としてもお前個人としても

 てる:……菊次郎……さん……

菊次郎:……怖かったよな……

 てる:……っ……

菊次郎:よく抵抗した。あそこで大きい声を出せた。流石、てるだ

 てる:……きく……じろう……さん……

菊次郎:自分を責めるな。自分を誇っていい

 てる:……

菊次郎:早く来てやれなくてごめんな

 てる:え?

菊次郎:俺がもうちょっと早く帰り道についていたら、お前にこんな思いをさせることはなかった

 てる:……そんな!

菊次郎:守れてよかった

 てる:……菊次郎さん……

菊次郎:なぁ、てる

 てる:はい

菊次郎:……今すぐにとは言わない。お前も、舞台に立ってみないか?

 てる:え?

菊次郎:お前はあの座組に必要な人間だと周りに知らしめてやるんだ

 てる:でも、舞台に女は……

菊次郎:あぁ、今の風潮では厳しいだろう。でも、俺は知っている

 てる:え?

菊次郎:お前が裏で一人、芝居の稽古をしているのを

 てる:っ!

菊次郎:きっと時代は変わる。女が板に立てる日だってきっとくる。だから、その時まで俺と一緒に芝居を続けてくれないか?

 てる:……それって……

菊次郎:おっと、その先は言うなよ。その先は俺がもっと大物になって、いろいろなものからお前を守れるようになったら、俺の口から直接言わせてくれ

 てる:……はい……

菊次郎:ただ

 てる:え?

菊次郎:勘違いされたら困るからこれは先に行っとく

 てる:はい

菊次郎:俺は惚れてもいない奴を抱いたりなんかしねぇ。世辞や情けで芝居の稽古をつけたりもしねぇ

 てる:……はい……

菊次郎:だからこれから、俺を信じて、お前自身を信じて着いてきてほしい

 てる:はい

菊次郎:おてる

 てる:っ! はい……

菊次郎:愛してる

菊次郎:(M)この一件のあと、座長は座組の全員にてるの真実を話した

    てるのことを悪く言うやつもいるのではと不安だったが、それは杞憂に終わった。ずっと一緒に働いてきた彼女を「女だから」と蔑む者はいなかった

    

    後に、とある女性が初めて女として板に立った。ここから、演劇の全てが変わっていった

    そして、今、てるも女として舞台に立ち芝居をしている

    板の上ではいい仲間でありいい好敵手

    板を下りれば、俺のよきパートナーとして、彼女はその名前のごとくきらきらと輝いている



―幕―

                      


2021.07.28 ボイコネにて投稿

2022.09.28 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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