空のアトリエ


【詳細】

比率:男1:女1

現代・青春

時間:約15分


【あらすじ】

夏休み。

絵美のアトリエを訪れる約束をした千都は約束通り彼女のアトリエを訪れる。

そこには、彼女の世界が広がっていた。

*こちらは『君の世界の色』シリーズの3話目、『夏の約束』の続編でございます。



【登場人物】

千都:白石 千都(しらいし かずと)

   高校二年生。

   昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。

   今はあることが原因で絵は描いていない。

   先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。


絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)

   高校3年生。美術部部長。

   昔、千都の絵を見て感動したことがある。

   もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。

   千都のことを「せんと」と呼んでいる。




千都:(M)最後に触れたのはいつの頃だっただろうか

   それはとても柔らかくて、暖かくて。ずっと、傍にあるものだと思っていた

   そして共に生きていくものだと思っていた。それが当然だと幼い俺は信じて疑わなかった

   だがそんなものはまやかしで、そんな夢物語なんて存在してなくて

   柔らかくて暖かなそれは俺の手から簡単に零れ落ちていった



●夏・午前・絵美のアトリエ前

   小さな小屋の前に立つ千都。


千都:……えっと、ここでいいんだよな?


   勢いよく小屋のドアが開く。


千都:うわっ!

絵美:おっと! すみませ……おぉ、白石千都(せんと)! よく来たな!

千都:よく来たなって……俺をここに呼んだのは廣瀬先輩ですが?

絵美:(笑いながら)そうだったな

千都:どこかに出かける予定だったんですか?

絵美:え? 何故?

千都:いや、勢いよくドアが開いたので

絵美:あぁ、出かける予定はもちろんない! 君が来てくれると分かっているのに、どこかになんて行っていられるか!

千都:はぁ……

絵美:君を迎えに行こうと思ったんだ

千都:え?

絵美:バス停からここまでは少し距離があるからな。また道に迷ってしまっては大変だ

千都:このくらいの距離なら迷ったりなんてしませんよ

絵美:おや? この間、道に迷った人間が何を言う

千都:……帰ります

絵美:あぁ! すまなかった! 私が悪かった!

千都:……

絵美:君が来てくれたことが本当に嬉しくて、つい……すまん、この通りだ!


   絵美、両手を合わせて深々と頭を下げる。


千都:……冗談です。頭を上げてください

絵美:ありがとう、白石千都(せんと)!

千都:……

絵美:あぁ、暑い中で立ち話もなんだ! どうぞ入って!

千都:……お邪魔します




●アトリエの中

   部屋の中はキャンバスや画材、描いた絵がたくさん置かれている。

   奥には別室へとつながるドアがある。


絵美:ちょっと、散らかっててすまん。片付けはしたんだが……

千都:いえ、大丈夫です。思ったよりも綺麗ですよ

絵美:……おい

千都:何ですか?

絵美:……千都(せんと)、君は私のことをどういう人間だと認識しているんだ?

千都:どういう?

絵美:片付けられないガサツなやつだとでも?

千都:そんなこと思っていません。先輩個人がどうのっていうよりも、絵を描いている人の多くってそれに集中しがちなので結構周りが散らかりやすいじゃないですか。だから、ここもそんな感じなのかと……

絵美:……否めないな。実際、君が来るからと片付けをしなかったら、足の踏み場もなかったかもしれん……

千都:(苦笑して)やっぱり

絵美:べ、別にいいだろ! ここは私のアトリエなんだから! アトリエは絵を描くための場所だ!

千都:確かに、そうですね

絵美:だろ!

千都:……それにしても、意外ですね

絵美:え?

千都:先輩のアトリエってもっと山の中にあるものだと勝手に想像してました

絵美:そうか? 山の中のアトリエなんて不便なだけだろ?

千都:でも、何もないからこそ絵だけに集中できるじゃないですか

絵美:千都(せんと)のアトリエは山の中にあったのか?

千都:……一般的なイメージです……

絵美:そうか。まぁ、もっと大人になって絵で食べて行けるくらいになったらそういう場所に移り住んでもいいかな。って言っても、ここも大概田舎だけどな

千都:そうですか?

絵美:あぁ、ここに来るまでに家と田んぼしかなかっただろう?

千都:……確かに

絵美:その田んぼの中心にある小さい山の中にある小屋。それが私の城だ!

千都:よくここを見つけましたね

絵美:元々はじいちゃんが農作業で使ってた小屋なんだ

千都:そうなんですね

絵美:ここからなら蘭さんのお店にも自転車でいける距離だし、良い所だろ?

千都:はい

絵美:(微笑んで)さぁ、では、我が城の説明も済んだことだし、好きに絵を見て行ってくれ!

千都:え?

絵美:ん?

千都:……いや

絵美:どうした?

千都:「この絵を見てくれ!」って言われるのかと思って……

絵美:いや、はじめはそう思っていたんだけどな。やめた

千都:え?

絵美:自由に見てほしい。そして、千都(せんと)の好きなものを教えてほしい

千都:……

絵美:今まで私の好きは伝えさせてもらったからな、今度は千都(せんと)の好きが知りたい

千都:……俺の好き……

絵美:あぁ。もちろん、気遣いやお世辞はいらない。千都(せんと)の素直な気持ちの感想を聞きたいんだ

千都:……

絵美:……ダメか?

千都:(ため息)

絵美:(少し焦り)あ、嫌だったら……

千都:(遮って)わかりました

絵美:え?

千都:好きに見させていただきます

絵美:本当か!

千都:はい。ただし、あくまで、俺の好みですから

絵美:それがいいんだ! 千都(せんと)の感覚を知りたいんだ

千都:……っ……

絵美:千都(せんと)?

千都:わかりました! じゃあ、もしも俺の好きが無くても文句言わないでくださいね!

絵美:うっ! それは悲しいが、無ければもっともっといろいろと描く!

千都:……

絵美:じゃあ、私はあっちで作業してるから好きに見てくれ。あ、黙って帰るのは無しだからな!

千都:わかりました。いくら俺でもそんなことしないので安心してください

絵美:あぁ!




●数時間後

   絵を一つ一つ丁寧に見ている千都。絵美は少し離れたところで絵を描いている。


千都:……

絵美:(横目で千都と見て微笑む)

千都:え?

絵美:あぁ、ごめん。せっかく集中して見てくれていたのに切らしてしまったな

千都:え?

絵美:もう結構な時間がたっている。ちょっと休憩にしようか

千都:そんなに?

絵美:あぁ、そこに時計がかかってるだろ?(時計を指さす)

千都:……本当だ……

絵美:今、飲み物を準備する

千都:いえ

絵美:遠慮するな。ちょうど蘭さんからクッキーを差し入れでもらったんだ。二人で食べなさいってね

千都:あ、ありがとうございます

絵美:帰り際にお店に寄って顔を出してあげてほしい。きっと喜ぶ

千都:そうですね。そうします

絵美:(椅子から立ち上がり、軽く伸びをして)さ、諸々のセットを持ってくるから、そこにある机と椅子を引っ張り出しておいてもらってもいいかい?

千都:はい、わかりました

絵美:(準備をしながら)それで?

千都:はい?

絵美:千都(せんと)が気になった絵はあったか?

千都:……

絵美:ん?

千都:……すみません

絵美:あ、いや、君が謝ることじゃない……やっぱり、私の絵ではまだまだだよな……

千都:違います!

絵美:え?

千都:……

絵美:せ、千都(せんと)?

千都:……

絵美:無理してお世辞とか言わなくて大丈夫だぞ?

千都:……一つの絵に見入ってしまって……

絵美:え?

千都:……だから、他のはまだ見られてなくて……すみません……

絵美:……(笑う)

千都:廣瀬先輩?

絵美:いや、すまない

千都:いえ……

絵美:嬉しいよ

千都:え?

絵美:千都(せんと)に見入ってもらえるような絵を描けていたこと。君の心を捕らえることが出来たこと

千都:……

絵美:どんなところが好きになってくれたのかなんて聞くのは野暮だということは分かっているが、聞いてもいいか?

千都:……俺は、評論家じゃありません

絵美:当たり前だ。私はそんな着飾った堅苦しい言葉を聞きたいんじゃない。千都(かずと)、君の言葉で私の絵が君にどう映ったのかを聞きたいんだ


   少しの間。


千都:……あの絵の空の青が綺麗で……

絵美:うん

千都:この絵はどんな場所でどんなタイミングで描かれたんだろうとか

絵美:うん

千都:あの手前に描かれているのはミモザですよね?

絵美:そう

千都:あのオレンジがとても柔らかくて、優しい色で……空の青に映えていて。あんなに多くのミモザが見られる場所がどこにあるんだろうって。その場所にはどんなものが溢れているんだろうかとか……

絵美:そうか

千都:いろいろと考えてしまって……すみません……

絵美:どうして謝るんだ?

千都:廣瀬先輩の絵からいろんなものを感じたのに、俺にはそれを表現できるだけの語彙が無くて……

絵美:(優しく微笑んで)そんなことはない

千都:え?

絵美:君の言葉や声、表情は私にいろいろと伝えてくれたよ

千都:……廣瀬先輩……

絵美:(微笑んで)やっぱり、君をアトリエに招待して良かった

千都:え?

絵美:(苦笑して)実は少々スランプ気味でね

千都:スランプ?

絵美:どうしても描けないものがあって。でも、それに立ち向かわないといけない状況になってしまったって感じかな……

千都:描けないもの?

絵美:(苦笑して)まぁ、これはいつか私が乗り越えなくちゃいけない壁だからな

千都:……何を描きたいんですか?

絵美:え?

千都:嫌なことに立ち向かってまで何を描きたいんですか? 好きなものを描いたらいいじゃないですか

絵美:……そうだな。でも、これはいいチャンスだと思ってな

千都:チャンス?

絵美:実は蘭さんのお店の常連さんがちょっとしたギャラリーを持っててさ。小さいギャラリーなんだが、毎月いろんなことをしていて。その常連さんが来月の作品展に絵を出してみないかって言ってくれてさ

千都:そう、なんですか……

絵美:うん。それで、来月の作品展のテーマが「家族」なんだ

千都:……家族……

絵美:そう。それで、ちょっと悩んでて……って、あ!

千都:っ! 廣瀬先輩、どうしたんですか、急に大きな声を出して……

絵美:時間!

千都:え?

絵美:千都(せんと)、今すぐ帰る準備をして!

千都:え? え?

絵美:あぁ、もう! 君はここに来るのに何で来たんだ?

千都:バスですが?

絵美:時刻表は見たのか?

千都:え?

絵美:ここ、この時期は三時間に一本しかバスが止まらないんだ! 

千都:えぇ!

絵美:ほら、早く支度して!

千都:は、はい! あ、でも……

絵美:え?

千都:先輩の絵、まだ一枚しか……

絵美:(微笑んで)ありがとう

千都:え?

絵美:私は夏休み期間、ずっとこのアトリエにいる予定だ。いつでも好きな時に来てれ

千都:……いいんですか?

絵美:あぁ、君なら大歓迎だ! あぁ、でも、もしかしたら蘭さんの所にバイトに行ってるかもしれないから、来るときは一度蘭さんの店をのぞいてみてくれると嬉しい

千都:わかりました

絵美:じゃあ、またな! 千都(せんと)!

千都:はい



―幕―




2021.04.20 ボイコネにて投稿

2023.03.22 加筆修正・HP投稿

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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