【詳細】
比率:男1:女1
現代・青春
時間:約10分~12分
【あらすじ】
休日。
絵美のアトリエにて絵を黙々と描いている千都。
彼の手から生み出される絵は輝いて見えた。
*こちらは『君の世界の色』シリーズの7話目、『貴女の夢、僕の筆』の続編でございます。
【登場人物】
千都:白石 千都(しらいし かずと)
高校二年生。
昔は絵を描いていた。コンクールで賞を取ったことがある。
今はあることが原因で絵は描いていない。
先輩の絵美からは「せんと」と呼ばれている。
絵美:廣瀬 絵美(ひろせ えみ)
高校3年生。美術部部長。
昔、千都の絵を見て感動したことがある。
もう一度千都に絵を描いてほしいと願っている。
千都のことを「せんと」と呼んでいる。
千都:(M)久しぶりに触れるそれらは昔触れていた感覚とはだいぶ違っていた
一瞬、拒絶されたのではないかという感覚に陥る
一人なら、そんな感覚にいつまでも囚われていただろう
でも、今は一人ではない
ひまわりのような人が俺の傍にいる
その人は俺の道しるべとなってくれていた
●休日・午後・アトリエ
黙々と下書きをしている千都。
奥の部屋からアイスティーとお菓子を持ってくる絵美。
千都:……
絵美:(様子を伺ってから)……千都(せんと)……
千都:(キャンバスに向かいながら)あぁ、先輩。なんですか?
絵美:えっと……今話しかけても大丈夫か?
千都:(微笑む)
絵美:え?
千都:前にも言ったじゃないですか、いつでも話しかけてくださいって。寧ろ、俺が先輩のアトリエにお邪魔させていただいているんですから
絵美:それはそうなんだが……やっぱり緊張するもんなんだよ……
千都:緊張?
絵美:あぁ。自分のアトリエに人がいるということもそうだが……白石千都(せんと)、君は私の憧れなんだ。その憧れの人間が目の前で絵を描いていると思うと……
千都:そうですか。でも、気にしないでください。俺はただの絵を描いている高校生です。先輩憧れてくれていたあの頃の俺じゃない。もう絵からかなり離れていた人間ですから
絵美:それでも!
千都:(苦笑して)それで?
絵美:え?
千都:何かあったんですか?
絵美:あ、いや、大した用事じゃないんだが……
千都:はい
絵美:もう朝からずっと描いてるし、良かったら休憩しないかと思って。蘭さんからの差し入れもあるんだ
千都:え? (時計を見て)あぁ、本当だ。時間の感覚なかったけど、そんなに時間が経っていたんですね
絵美:あぁ
千都:じゃあ、一旦、休憩します
絵美:あぁ、そうしよう!
千都:(椅子から立って背伸びをする)
絵美:……どうだ?
千都:いい感じですよ
絵美:見てもいいか?
千都:もちろんですよ
絵美:(下書きの絵を見て)わぁ……
千都:どうですかね?
絵美:……
千都:廣瀬先輩?
絵美:凄いな!
千都:え?
絵美:まだ下書きの段階なのに、絵が輝いて見える!
千都:(苦笑して)褒めすぎですよ、先輩
絵美:だって、本当に輝いて見えるんだ! まるで、そこで花や空が呼吸しているみたいだ!
千都:……
絵美:千都(せんと)?
千都:……正直、不安でした
絵美:え?
千都:作品展に間に合うかももちろんでしたけど、それよりも先輩の想いを絵に乗せられるのかって
絵美:……千都(せんと)
千都:「俺が描きます!」って言ったものの、先輩に辛い思いさせて、思い出話をしてもらって、それなのに俺がそれを表現できていなかったらどうしようって……
絵美:……
千都:でも、少しでも先輩にとってこの絵が輝いて見えてくれていたのなら安心です。ちゃんと、先輩の想いを乗せられていたんですね
絵美:……
千都:まだまだ下書きの段階ですけど
絵美:……私は、辛くなんかないよ
千都:え?
絵美:むしろ嬉しいんだ
千都:嬉しい?
絵美:あぁ。今まで、父さんや母さん、兄さんの話はしちゃいけないんだって思っていた。話題に出すとみんな悲しそうな顔をするし、家族を亡くした可哀そうな子って目で私のことを見る。(思い出し苦笑して)伯母さんに至っては怒り狂うしな
千都:……
絵美:でも、千都(せんと)、君は違った。私の思い出を、大好きな家族のことをそのまま受け止めてくれた。本当に嬉しかったんだ
千都:廣瀬先輩……また泣きそうになってますよ
絵美:え? (目元に触れて)あ、本当だ。どうしてだろうな、嬉しいはずなのに……
千都:俺でよかったら、先輩の家族の話、いくらでも聞かせてください。寧ろ、聞きたいです
絵美:……千都(せんと)……
千都:こんなに絵が大好きで、大好きなもののためなら一直線に向かっていける猪突猛進な先輩がどうやって誕生したのか気になりますから
絵美:なっ! 私はそんな猪じゃ……
千都:身に覚えはありませんか?
絵美:……
千都:(微笑んで)でも、良いと思いますよ
絵美:え?
千都:好きなものは好きなでいいじゃないですか。俺は、そんな先輩を尊敬しています
絵美:……千都(せんと)
千都:あぁ、でも、どんなに勧誘されても美術部には入りませんから
絵美:わ、わかった! でも、私もめげないからな!
千都:それもわかってます
絵美:……
千都:ん? 先輩?
絵美:……君は辛くないのか?
千都:え?
絵美:君が絵を描かなくなった理由を私は知らない。でも、何かきっと君にとって大きな出来事があったんだろう? 君の絵を見ていたらわかる。絵を諦めた人間の絵じゃない
千都:……
絵美:……だから、不安なんだ
千都:え?
絵美:私の絵を描くことで君に無理をさせていないか。辛い思いをさせているんじゃないかと……
千都:……
絵美:君の過去は絵が完成したら教えてくれると言った。だから、私からは聞くことはしない。でも、これだけは確認させてくれ
千都:はい
絵美:千都(せんと)。君は私の絵を描くことで君の心に傷を付けていないか?
千都:……正直に言います
絵美:あぁ……言ってくれ、覚悟は出来ている……
千都:今、この絵を描いている瞬間がとても楽しいんです
絵美:え?
千都:……俺の話はもう少し待っていてください。この絵に俺の過去を入れ込みたくないから
絵美:……わかった
千都:でも……
絵美:でも?
千都:一個だけ話してもいいですか?
絵美:あぁ! もちろんだ!
千都:ありがとうございます。実は俺の名前、本当は「かずと」じゃなくて、「せんと」だったんです
絵美:え? えぇ!
千都:驚きますよね
絵美:あ、あぁ……
千都:画家のゴッホって知ってますか?
絵美:当たり前だろ!
千都:ですよね。俺の両親、そろって絵が好きで。中でもゴッホが好きだったらしくて、俺の名前をどうしてもその有名な画家に似せたくて、千の都って漢字でせんとってつけたらしいです。フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ。そのセントの部分を取って、せんと
絵美:なるほど
千都:でも、じいちゃんが名前の響きがあまり良くないって思ったらしくて、役所に届けを出すときに千都と書いて、「かずと」って読み方にしたらしいですよ
絵美:そうなのか……
千都:その一件から、母方の祖父母とは疎遠になってしまったみたいです。両親からしたら、大事な大事な息子の名前を変えられたわけですからね
絵美:それは、そうだな
千都:でも、俺は名前を変えてくれたじいちゃんに感謝してます
絵美:え?
千都:今のこの状況になって、あの名前だったら俺はきっともっと自分が嫌いになっている
絵美:……千都(せんと)……
千都:だから、廣瀬先輩から、「せんと」って呼ばれたとき、正直ドキッとしました
絵美:あっ!
千都:この人は俺の全てを知ってるんじゃないかって
絵美:ご、ごめん! 今度から気を付ける!
千都:別にいいですよ
絵美:え?
千都:もうこのことを他人に話せるくらいには自分の中で昇華出来てるんです。それに……
絵美:それに?
千都:前にも言いましたけど、先輩の口から「かずと」って呼ばれるとちょっと違和感なんです
絵美:……うっ……
千都:なので、今まで通り「せんと」でいいですよ
絵美:……はい……
千都:さてと……
絵美:あ、もういいのか?
千都:はい。もう少しで出来上がりそうなので、この勢いで描いてしまおうと思います
絵美:わかった!
千都:(M)その笑顔はまさにひまわりだった
ひまわりが苦手だった俺。そんな感情なんて吹き飛ばしてしまうくらいのまぶしい笑顔
今、こいつらを握って絵を、想いを描くことが楽しいと感じられるのはきっとこの花のおかげだろう
―幕―
2021.04.27 ボイコネにて投稿
2023.04.04 加筆修正・HP投稿
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