夢幻泡影【瓶の人様合作シナリオ】


*こちらのシナリオは瓶の人様との合作シナリオでございます

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【詳細】

比率:男1:女1 

現代・ラブストーリー

時間:約70分



【あらすじ】

「俺が殺してやるよ」


深夜。

ビルの屋上に足を踏み入れた幸。

そこで出会ったのは不思議な雰囲気を持つ青年だった。



【登場人物】

優気:深井優気(ふかい ゆうき)

   深夜にビルの上に居た人。記憶があやふや。


 幸:沢村幸(さわむら ゆき)

   深夜にビルの上に行った人。死にたいと思っている。




●ビルの屋上・夜

   幸が手すりから若干身を乗り出してビルの下を覗いている。


 幸:……

優気:そんな所にいると落ちちゃうよ?

 幸:っ!


   幸、後ろを振り向く。


優気:こんばんは。ほら、危ないからこっちにおいで?

 幸:……誰ですか?

優気:誰、か……今それは必要なことかな?

 幸:……ここ、立ち入り禁止ですよ?

優気:それは君もじゃないかな?

 幸:……私は、ここの社員なので……

優気:いくら社員でも、この時間開放されていない屋上にいるのはおかしいんじゃないかな?

 幸:う、うるさい! 貴方には関係ないじゃないですか!

優気:関係ない? こうやって自殺をしようとしているキミを俺は止めているんだ、関係ないなんて事はないんじゃないかな?

 幸:じ、自殺なんか!

優気:そんな表情でそんな所に立ってて、自殺じゃないと?

 幸:……ち、違います

優気:違う? じゃあどうしてフェンスを越えた先に立っているのかな?

 幸:……これは……

優気:これは?

 幸:……

優気:その沈黙は肯定と受け取るけど?

 幸:……なんなんですか? もう放っておいてください! 私がここで何をしようと貴方には関係ないじゃないですか!

優気:夜の屋上でまったりのんびり天体観測している所に、身投げしようとしている人がいたら止めるでしょう。そのまま見て見ぬふりなんてしたら、今後この屋上は使えなくなるかもしれないんだしさ

 幸:じゃあ、そのまま天体観測でもなんでもしててください! 私はっ!


   幸、風にあおられ身体のバランスを崩しそうになる。


 幸:あっ

優気:っ!?


   優気、駆け寄り手を掴む。


優気:間一髪……危なかった……


   幸、大きく息をしながら、優気の手に縋る。


 幸:……

優気:よっと……

 

   優気、幸の手を引き抱き寄せる。


優気:なんだよ、震えてんじゃん……

 幸:(思わず口から洩れる)こ、怖かった……

優気:たく……

 幸:ち、違っ! な、なんで助けたんですか!

優気:目の前で人が死にそうになってるのを止めないわけないだろう! それに……死んじまったら……もう……

 幸:貴方には関係ないじゃないですか! ここで助けられたって、どうしようもないのに……私、私……

優気:……そんなに死にたいのか?

 幸:(か細く)……死にたい……死なないと……

優気:……そうか……じゃあ、俺が殺してやる

 幸:え?

優気:確実にキミが死ねるように、苦しまずに死ねるように殺してあげる。その為に、キミのことを知りたい

 幸:(優気の表情に恐怖を感じつつ)あっ……ほ、本当に苦しまずに死ねるんですか……?

優気:あぁ、苦しまずに殺してあげるよ

 幸:……

 

   少しの間。


 幸:……沢村です……

優気:下は?

 幸:……言いたくありません……どうせ、似合わないって思われますから……

優気:いいから、答えて

 幸:……ゆきです。幸せって書いて、ゆきです……

優気:幸せのゆき……か。はは、似合わないな

 幸:っ! だから、言いたくなかったのに……

優気:ごめんごめん、でも綺麗な名前じゃん

 幸:え?

優気:綺麗な名前だと思う

 幸:……馬鹿にしないんですか?

優気:馬鹿にする理由があるか?

 幸:似合わないって、お前みたいなのが幸せって顔か?って……

優気:まぁ、似合わないけど、それなら似合うようになればいいんじゃないの? 死にたいんだったら、死ぬその瞬間は幸せだって感じて死ねばいい

 幸:似合うようになればいい……なれるのかな、私なんかが……

優気:なれる、きっとな

 幸:じゃ、じゃあ……


   幸、お腹の音が盛大に鳴る。


 幸:あっ……

優気:……

 幸:あの、その、これはっ!

優気:あっははははは! 死にたいって思ってても腹は減るんだな!

 幸:ほ、ほっといてください!

優気:いや、いいんじゃない? じゃあさ、ご飯作ってあげるから家に連れて行ってよ

 幸:え? 家にですか?

優気:俺、家無いんだよね……

 幸:家が無い……って、やっぱり危ない人じゃ……

優気:いやいやいや! 正確には……家に帰れないっていうか、いろいろあってね……

 幸:そうなんですね……わかりました。じゃあ、三つ約束してください

優気:三つ?

 幸:一つ、絶対に変なことはしないでください

優気:変なこと? そんなもんするかよ……

 幸:なら、いいですけど……二つ、勝手に家の物に触らないでください

優気:触らねぇよ……

 幸:最後に……絶対、私のことを殺してください……やっぱり気が変わったとかは無しです……

優気:……最初からそのつもりだよ。必ず、苦しまないように殺してやるよ

 幸:……わかりました。じゃあ、行きましょう。えっと……

優気:深井優気。優しい気持ちって書いて優気

 幸:優気さん……

優気:俺にぴったりな名前だろう?

 幸:(プイっと顔を背けながら)し、知りません!


 幸:(M)見ず知らずの、それも、出会って数分しか経っていない相手を自分の家に招くなんて……普通なら考えられない

   でも、そんなことどうでもよかった

   「苦しまないように殺す」。その言葉が頭から離れなかった




●幸の部屋・深夜

   幸、ドアを開けて優気を部屋へと招き入れる。


 幸:……どうぞ

優気:お邪魔しま~す……へぇ……


   優気、部屋を見渡す。


 幸:……なんですか? あんまり見ないでください

優気:あぁ、ごめん。見かけによらず可愛らしい部屋だなって思って

 幸:か、かわっ! そんなことないです!

優気:キミがじゃなくて部屋がね?

 幸:そ、そんなことわかってます!

優気:じゃあ、なんでそんなに動揺してんだよ……

 幸:し、知りません! こっちがキッチンです!

優気:おぉ、結構広いなぁ……食材は? なんかある?

 幸:……食材は……その……


   優気、冷蔵庫を開ける。


優気:あー……なんもないな……

 幸:……最近、食べる気がしなくて……

優気:だからそんなガリガリなのか


   優気、幸の身体をジロジロと見る。


 幸:ちょっと、やめてください!

優気:あ、ごめん……

 幸:えっ、あっ……こちらこそすみません……大きな声を出してしまって……

優気:……あー、なんか食材買ってくる。何が食べたい?

 幸:食べたいもの……わからないです……すみません……

優気:そうかぁ……わかった。とりあえずなんか買ってくるわ

 幸:あ、お金!

優気:いや、いいよ。俺が出……す……あれ……?


   優気、財布を探す。


優気:金が……ない……

 幸:えぇ! 落としたってことですか? と、とりあえず、これ!


   幸、財布から五千円を取り出し渡す。


優気:え、いや、いいよ……

 幸:ダメです! どうやって買い物するんですか!

優気:うっ……それは……

 幸:だから持って行ってください。(消え入るような声で)……嫌だったら帰ってこなくてもいいので……

優気:え? なんか言ったか?

 幸:な、なんでもありません!

優気:そう、か? じゃあ……それ、貰うよ


   優気、お金を受け取る。


 幸:鍵は開けておくので

優気:……わかった。それじゃあ、行ってくる


   ドアがゆっくりと閉まる。


幸:……何やってるんだろう……初めての人を家にまで連れて来て……バカみたい……


優気:(M)ドアが閉まる寸前に見えた彼女の顔は、どこか寂しそうだった

   受け取った五千円をポケットに入れ、俺は夜の道へと足を踏み出した




●幸の部屋・深夜・数十分後

   ソファに力なく横たわり、ぼーっとしている幸。

   ゆっくりとドアが開き、優気が入ってくる。


優気:買ってきたぞ……って……アンタ、今にも死にそうな顔してるけどそんなに腹減ってたの?

 幸:え? なんで……?

優気:なんでって、虚ろな目をしてぼーっとしてっから……

 幸:……なんで、帰ってきたんですか……(無意識に涙がこぼれる)

優気:はぁ? なんでって……何泣いてんだ!?

 幸:え? (自分が泣いていることに気が付き)あ、違っ! ごめんなさい!

優気:いや、謝ることは無いけど……なにかあったのか?

 幸:なんにもないんです。ただ、帰ってきてくれるなんて思ってもなくて……すぐに止めますからっ!


   幸、目を強くこする。


優気:ご飯作るって言っただろ? そりゃ帰ってくるだろ……

 幸:だって……私たち、知り合ったばっかりの他人で……なんで、他人のためにこんな……

優気:……なんか、放っておけない……から……かな


   幸、我慢していた涙がとめどなく流れるがそれでも泣くまいと唇を強く噛みしめる。


 幸:っ!

優気:っ……!


   優気、徐に幸の身体を抱きしめる。


 幸:え?

優気:っ!!?


   優気、幸から身体を離す。


優気:あ……いや、なんでもない……ごめん……

 幸:いえ……


   二人の間に流れる沈黙。


優気:……。め、飯作る……からキッチン借りるぞ

 幸:は、はい! ど、どうぞ! あ、包丁とかは下にしまってあるので……

優気:わかった。出来るまでリビングで待ってて


   優気、袋から食材を取り出して、調理を始める。


 幸:わ、私も何か手伝います!

優気:いや、いいよ。向こうで待ってて

 幸:は、はい


優気:(M)どうして抱きしめてしまったのか、自分の行動に理解が出来なかった

   けれど、胸に残る微かな彼女の温もりが俺の鼓動を早くしていった



   リビングに戻る幸。

   手際よく調理をしていく優気。部屋に食材を切る音や香りが広がっていく。


 幸:いい匂い……

優気:……味噌汁、味見する?

 幸:……いいんですか?

優気:ん


   優気、小皿に少量の味噌汁を移し、幸に渡す。


 幸:ありがとうございます。(飲んで)……美味しい

優気:……良かった。もう少しかかるから、待って

 幸:あの……見ててもいいですか?

優気:見てても面白くないぞ

 幸:見ていたいんです。こうやって誰かにご飯を作ってもらうことなんて、ずっとなかったから

優気:……わかったよ。じゃあ、せっかくだから手伝ってくれ

 幸:……下手くそですよ?

優気:構わないよ。そこの人参、切ってくれ

 幸:は、はい


   幸、危なっかしい手つきで人参を切る。


優気:あー! 危ない! そんなんじゃ手を切るぞ!

 幸:ご、ごめんなさい! 痛っ!

優気:ちょ! 大丈夫か!?

 幸:大丈夫です。ちょっと切っちゃっただけで……あははは、ダメですね……

優気:……。何もダメなことなんかないだろう。俺も今よりも下手な時期はあった。たくさん指切ったし、火傷もしょっちゅうしてた。……アンタも練習すれば、料理くらい簡単に作れるようになる

 幸:……出来るようになりますかね。こんな私でも……私、何をやってもダメで。親にもダメな子だって言われて、友だちにもダメだねって言われて、会社でも使えないって言われて……

優気:今はダメでも必ず出来るようになる。そういうもんだ

 幸:……だといいな。そうしたら、まだ生きててもいいのかな……

優気:……さぁな

 幸:ダメですね、死ぬって決めたのに……

優気:死にたいんだろ? 言ったろ? 俺が苦しまないように殺してやる

 幸:っ……そ、そうですよね。私は死ぬ。ちゃんと死ぬんです……

優気:ちゃんと殺してやるから安心しろ。死ぬ前までには、少しは包丁の扱いくらいは出来るようになれよ


   優気、幸に人参を手渡す。


 幸:(人参を受け取りつつ)え……死ぬ前までって……そんな、一日二日で上手くなれるわけないじゃないですか……

優気:ずっと続ければ上手くなる

 幸:え? どういうことですか?

優気:やり続ければどんな事でも上手くなる。ほら、教えてやるから包丁を握れ

 幸:は、はい。(包丁を握り直し)持ちました

優気:包丁はこう握って……そう、左手はこうするんだ

 幸:は、はい。こうですか?

優気:そう、いい感じ

 幸:(人参を切り終え)……出来た。次は何をすればいいですか?

優気:あとはこれを切ってくれ


   優気、幸に玉ねぎを手渡す。


 幸:た、たまねぎ……頑張ります……

 

   幸、皮をむいて切り始める。


 幸:くぅっ……っ……

優気:すごい顔してるな。ほら


   優気、ティッシュを手渡す。


 幸:あ、ありがとうございます。(涙を拭き小さく笑う)……料理って楽しいんですね

優気:……楽しいか

 幸:いつもは一人で食べるための手段でしかなかったけど、こうやって誰かの隣で、誰かと一緒にするって楽しいんだなって

優気:そうだな。一人よりも二人。死ぬ前にそれがわかってよかったな

 幸:はい。ありがとうございます、優気さん

優気:ん……

 

   数十分後。

   机の上に出来上がったカレーが並べられる。


 幸:(皿のカレーを見て)わぁ……本当に作れたんだ……

優気:ほとんど俺だけどね

 幸:そ、それは! (少し拗ねて)私、下手なんで仕方ないじゃないですか……

優気:拗ねてないでほら、食べるぞ

 幸:は、はい! いただきます

優気:どうだ? 自分が手伝ったカレーの味は

 幸:美味しいです、とっても……

優気:そうか、それはよかった


   優気、カレーを口に運ぶ。それを見つめる幸。


 幸:……

優気:……なに?

 幸:あ、いえ! すみません! なんでもないです!

優気:……そか。……まぁ、美味しいんじゃない?

 幸:っ! 本当ですか!

優気:っ! 近い、顔が近い!

 幸:へ? あ、す、すみません! つい、嬉しくて!

優気:……まぁ、いいけど


   気まずい沈黙。


 幸:あ、あの! 聞いてもいいですか?

優気:……なに?

 幸:優気さんはなんであの屋上にいたんですか?

優気:なんでだろうな? 気が付いたら居た

 幸:気が付いたら? えっと、それはどういう……?

優気:そのまんま。気が付いたらあそこに居た

 幸:……もしかして、浮浪しゃ……

優気:そんなわけないだろう……!

 幸:で、ですよね……すみません!

優気:たく……人をなんだと……

 幸:だ、だって……あんな時間にあそこに居るなんて……

優気:俺だってなんで居たのかわからないんだよ……

 幸:……もしかして、記憶喪失ってやつですか?

優気:そんなわけ……ないだろう

 幸:ですよね……そんな漫画みたいな展開……

優気:あぁ……ありえないな……

 幸:じゃあ、本当に……何者なんですか?

優気:ただの世話焼きだ……

 幸:世話焼きさんがあの時間にあそこに?

優気:なんで居たのかは知らない……

 幸:じゃあ、普段は何をされてる方なんですか?

優気:ただの会社員……だった

 幸:だった? 今は違うんですか?

優気:……今は、違う。なにもしてない

 幸:あぁ、休職されてるんですね

優気:まぁ……そんな所だ

 幸:そうなんですね……休職、か……

優気:アンタは普段なにやってんの?

 幸:ただの会社員です

優気:ただの会社員が自殺未遂?

 幸:……おかしいですか?

優気:やっぱり自殺なんじゃないか……さっきは自殺じゃないとか言ってたくせに

 幸:それは!(言い淀む)

優気:なに? それは? なんだよ?

 幸:……なんでもないです……

優気:もういいんじゃないか? 話しなよ

 幸:……本当はあの時、死ぬつもりでした……

優気:なんで?

 幸:……私には生きている価値がないから……

優気:……価値?

 幸:私は仕事も出来なくて、部署のお荷物で……家にだってお金を入れることが出来なくて……

優気:……


   優気、黙って幸の顔を見つめながら話を聞く。


 幸:……言われたんです……お前みたいなやつに仕事を教えるだけ時間の無駄だ。消えろって……

   最初はそれでも頑張ってたんです。これもきっといつか笑える思い出になる。新人が通らなきゃいけないみちなんだって……

   でも、最近、そう言われる度に苦しくて、周りからの視線も怖くなって……

   もう実家に帰ろうかなって思ったこともあったんですけど……帰れなくて……

優気:なるほどな……それで、限界に達して身を投げようとしたってわけか

 幸:……お前なんか死ねよ。まぁ、そんな勇気もないよなって言われて、気が付いたらあそこにいて……

   でも、結局、なにも出来なくて……

優気:……アンタのその気持ち、わかる気がするよ

 幸:……え?

優気:俺も……そういう時期があったから

 幸:優気さんも?

優気:……さ、食い終わったんなら片付けるぞ


   食器を持ってキッチンに行く優気。


幸:あっ……行っちゃった……


優気:……そのうち教えてやるよ


 幸:私は、一体、どうしたいんだろう……

優気:俺は……どうしたいんだろうな……


   夜が更けていく。


優気:そろそろ寝るか……

 幸:あ、はい。ベッドはあっちの部屋なので使ってください

優気:本当に泊まらせてくれるんだな

 幸:ご飯、作っていただきましたし……

優気:律儀なんだな、案外

 幸:案外ってなんですか?

優気:見た目はそんな感じじゃないからな

 幸:ど、どういうことですか!

優気:そのまんまの意味だけど?

 幸:どうぞ、勝手に言っててください! じゃあ、私は寝るので!

優気:あ、おい……!

 幸:なんですか!

優気:……おやすみ

 幸:え、あ……おやすみなさい


 幸:(M)「おやすみなさい」

   その言葉を誰かに言ったのも言われたのも何年ぶりだっただろう

   心がスッと穏やかになる。おばあちゃんがよく言ってた『凪いだ海のような気持ち』

   一日の終わりに「おやすみなさい」を言うのは心を穏やかにするため。明日を迎える準備をするため

   だから大事なのだと教えてくれた

   その夜、私は久しぶりに深い眠りの海へと飛び込んだ




●幸の部屋・朝・翌日

   キッチンで朝ごはんを作る優気。


 幸:ごちそうさまでした

優気:今日は休みだろ? なにかするのか?

 幸:えっと……今日は仕事の資料を作らいないといけなくて……

優気:あんなことがあって、それでも仕事するのか?

 幸:……仕事行かないと……でも、午後までには仕事終わらせるので……一緒にでかけませんか?

優気:……一緒に?

 幸:……死ぬ前に行きたい場所があるんです……

優気:行きたい場所?

 幸:……海が見てみたいんです

優気:海……? なんでまた?

 幸:見たことないんです。だから……

優気:まぁ……いいけど

 幸:(嬉しそうに微笑んで)ありがとうございます

優気:で、もう出る時間じゃないのか?

 幸:へ? あ! いってきます! 仕事が終わったらすぐに帰って来ますから!

優気:おう、わかった

 幸:じゃあ

優気:俺がいないからって勝手に死ぬなよ

 幸:大丈夫です。貴方に殺されるので


   幸、部屋を出ていく。


優気:……さて……と、片付けするか


優気:(M)慌ただしく部屋を出ていった幸を見送り、空いた食器を片付ける

   海か……最後に見たのはいつだろうか、遠い記憶を振り返ってみてもモヤがかかって思い出せない

   何度も思い出そうとしている間に食器を洗い終わり、次に掃除機を手に取り掃除を始める

   一応、居候の身だ。最低限やれる事はやらなくてはならない

   俺自身、割と掃除は好きな方でこうした時間は無心になって没頭できて良い気分転換になる

   ある程度掃除が済んだ所で、幸が部屋に帰り、また慌ただしく準備をして海へと向かった




●海


 幸:……わぁ……

優気:……人、まばらだな

 幸:そりゃ、時期じゃないですから……

優気:これくらいの人のがいいだろ

 幸:ですね……いっぱいいても息がつまります

優気:で、海に来て何かやりたいことでもあるのか?

 幸:……おばあちゃんが言ってたんです。海を見ると人生が変わるって

優気:人生が変わる……?

 幸:はい。それがどういう意味か分からなかったんです。だから、こうやって実際に見たら何か変わるのか    なって……

優気:どうだ? 何かわかったか?

 幸:……わかりません。でも、なんか、すごいなって思いました

優気:ふわっとしてるな

 幸:……どう言葉にしたらいいのかわからなくて……でも、すごいなって。広いなって……

優気:……そうだな、広いな

 幸:……おばあちゃんが伝えたかったことって何だったんだろう……知りたかったな……

優気:今はまだわからないかもしれないが……いつかは分かるかもな

 幸:わかる時が来るんでしょうか? 優気さんは、わかりますか?

優気:……さぁな。例え俺が分かったとしても、アンタには教えない

 幸:なんでですか?

優気:そういうのは自分で気づいてこそ、だろ?

 幸:……意地悪なんですね……

優気:人に教えられて知るものじゃない。自分で気づくからこそ価値があるんだ

 幸:……わかってます。ちゃんと、自分で答えを出さなきゃいけないんだって……

優気:時間はかかってもな……

 幸:優気さん?

優気:さ、気が済んだか?

 幸:は、はい

優気:いつか気付けるといいな

 幸:はい!

優気:他に行きたい所はないのか?

 幸:行きたいところ……海以外に思いつかなかったです

優気:そうか、じゃあ、帰るぞ。ご飯作るよ

 幸:優気さん……私……

優気:……? どうした?

 幸:……やっぱり、なんでもないです! 帰りましょう!

優気:……そうか? それじゃあ、帰るか

 幸:はい


   二人、帰路へつく


優気:……また、海見に来ような

 幸:いいんですか?

優気:俺も見たいから

 幸:はい! 約束、しましょう

優気:(少し微笑んで)晩御飯の買い出し行くぞ、アンタも手伝えよ

 幸:はい! 頑張ります!

優気:何が食べたい?

 幸:あの、オムライスが食べたいです

優気:オムライスか……そうか……

 幸:優気さん?

優気:いや、なんでもない。オムライスだな、任せろ

 幸:はい! 私も頑張ってお手伝いします!

優気:怪我だけはするなよ

 幸:ぜ、善処します……




●幸の部屋・夜


優気:オムライス、やっと出来たな。手、大丈夫か?

 幸:……ちょっとヒリヒリしますけど、大丈夫です!

優気:絆創膏、つけとけよ。見た目と違ってどんくさいよな

 幸:ど、どんくさいって……失礼ですよ!

優気:事実だろう? 文句言うなら、直せよな

 幸:直します! きっと、そのうち……

優気:そのうちねぇ……いつどうなるかなんて分からないんだから、あんま悠長な事言ってんなよ

 幸:……なんでそんなこと言うんですか?

優気:なんでもなにも、そうだからだよ……

 幸:そりゃそうかもしれないですけど……そんなの……

優気:今は大丈夫でも、明日には死ぬかもしれないんだぞ

 幸:……

優気:……とにかく、そういうことだ。甘い考えはやめておけよな

 幸:甘くちゃ……ダメですか?

優気:あとが辛くなるぞ……

 幸:……初めてなんです。おばあちゃん以外でこうやって話が出来たの……だから……

優気:……まだ会って間もない俺に?

 幸:ダメですか……?

優気:ダメじゃないけど、もう少し警戒しないか?

 幸:……警戒、しました……最初は怖かったです……

優気:じゃあなんで話したんだ?

 幸:……貴方なら……優気さんなら、話しても聞いてくれるんじゃないかって。見ず知らずの私を見捨てないでいてくれたから……

優気:……俺を買いかぶりすぎだ

 幸:違います! 優気さんは優しい人です!

優気:優しい……ねぇ。殺すって言ってる俺を優しいって言うのはアンタくらいなもんだよ

 幸:……それ、本当なんですか?

優気:もちろんだろ

 幸:じゃあ、どうして私の我儘に付き合ってくれたんですか?

優気:……気まぐれだ

 幸:気まぐれでもこんな我儘に付き合ってくれるの、優しい人以外にいません。少なくとも私の周りにはいなかった

優気:……本当に、変な人だよアンタは

 幸:……変でしょうか?

優気:(少し微笑み)あぁ……変だよ

 幸:(微笑む優気を見て小さく微笑み)……やっぱり、優気さんは何と言われようと優しい人です

優気:もういい、それは。さっさとオムライス食べろ

 幸:はい、いただきます

優気:野菜、不格好だな

 幸:もう! いいじゃないですか!

優気:……そうだな、味は一緒だ


   優気、オムライスを頬張る。


 幸:……やっぱり、美味しいです


   幸のスマホが鳴る。


 幸:っ!

優気:出なくていいのか?

 幸:(泣き出しそうな表情でスマホを見つめる)……先輩から……だから……出ないと……

優気:……どうした?

 幸:……私、わた……し……(少し呼吸が荒くなる)

優気:お、おい! どうした!

 幸:(呼吸が荒いまま)……っ……だ、大丈夫……です……いつもの……こと……なので……

優気:大丈夫じゃないだろ! 何があった!

 幸:出ない……と……また、酷いこと……される……から……


   幸、震える手でスマホを持とうとするが、上手く手が動かずつかめない。


優気:お、おいアンタ……出るな、出なくていい

 幸:で、でも……

優気:そんな状態見せられて、はいどうぞなんて言えるわけないだろ……


   スマホが鳴りやむ。


 幸:……あ……

優気:……何があった?

 幸:……私、ダメな人間なんです……

優気:……ダメな人間?

 幸:……与えられた仕事も出来なくて、気も利かなくて、空気も読めなくて……生きてる価値もないような人間なんだって……

優気:生きてる価値か……

 幸:だから、先輩の指示にはすぐに従って、少しでも誰よりも多く仕事をこなさないといけないんです。私は能無しのダメ人間だから……

優気:……能無しって……そんな怯える程の何かをされたのか? どうなんだ?

 幸:……いつもは普通にお仕事です……でも、たまに、わけが分からないくらい多く仕事を回されて……私には処理しきれなくて……残業していたら……っ……(喉の奥から込み上げてくるものを抑える)

優気:いい、もういい、言うな……わかった……

 幸:……優気さん……やっぱり……殺してください……

優気:……そのつもりだ

 幸:……少しでも希望なんて持った私が馬鹿だったんだ……

優気:希望?

 幸:……優気さんと出会って……おばあちゃん以外で初めて私を私として接してくれた人に会って、このままここに……この空間にいたいと思ってしまった……そんなこと、叶うはずないのに……

優気:アンタは……本当はここに居たいのか?

 幸:……わからない! ……ここに居たいのに、居たくない……もう、わからないんです……

優気:わからない、か……そうだよな。わからないよな……

 幸:……優気さん……

優気:俺は必ずお前を殺す。だけど……お前にはここにいて欲しいとも思ってしまっている

 幸:え?

優気:アンタはまだ、この世界を諦めるには早い。見つけてないんだろ? ばあちゃんが言っていた意味を。それを見つけるまではまだ死ななくてもいいんじゃないか?

 幸:……でも……

優気:でも、なんだ?

 幸:私は、ここに居ても……いいんですか? こんな私でも……

優気:見つけるまでは、居てもいいんじゃないか? 見つけたらその時は俺が殺してやる

 幸:……優気さん……私……私……

優気:……なんだ

 幸:……ここに居たいです……生きてみたい……優気さんのいるこの世界で……

優気:俺の……いる世界……で?

 幸:ダメ……ですか?

優気:……なんで俺なんだ……?

 幸:ちゃんと言葉にはできないんですけど……優気さんといると、苦しいけどどこかホッとして……私が私でいてもいいんだって思えて……

優気:ホッと……する? 俺と……いると……? なんだよそれ……

 幸:ご、ごめんなさい! 会ってちょっとしか時間を共有していない人間にこんなこと言われても困りますよね!

優気:いや……そんなことは……ないが……しかし……

 幸:優気さん?

優気:……俺のいる世界だなんて……やめておけ……

 幸:どうしてですか?

優気:どうしてもだ。もう大丈夫なら、早く片付けて風呂入れ

 幸:……いなくなったり、しませんよね……?

優気:……あぁ……

 幸:……本当に?

優気:ほら、風呂入れ


   片付けをし、食器を洗い始める優気。


 幸:……わかりました……


   幸、お風呂場へと向かう。


優気:……俺は……


 幸:(M)優気さんに言われた通りに私はお風呂に向かった

   ノブをひねり、シャワーを浴びる。今あったこと、全てを洗い流すように……

   なんであんなことを言ってしまったんだろうか。生きていたくないけど生きたい。大きな矛盾だ

   でも、もっと触れていたいと思ってしまったんだ……

   優気さんに、その温かい優しさに……




●幸の部屋・翌日

   朝食の準備をしている優気。幸が起きてくる。


 幸:(目をこすりながら)おはようございます

優気:……おう、おはよう

 幸:よかった……

優気:なにがだ?

 幸:今日もいてくれて

優気:……どういうことだ? 俺がどこか行くと思ったのか?

 幸:思ってはいませんけど……

優気:ならなんだ? なんでそんな安堵したみたいな……

 幸:べ、別に! 他意はありませんから!

優気:なにを焦ってるんだ……だ? まぁいい。顔洗ってこい

 幸:そ、そうします! 


   幸、洗面所へとバタバタと走っていく。


優気:……


   優気、すこし寂しそうな顔で後ろ姿を見つめる。

   数分後、洗面所から戻ってくる幸。


 幸:お待たせしました!

優気:……あ、ああ。っ!


   優気、お皿を落とす。


 幸:優気さん、大丈夫ですか!

優気:……あぁ……大丈夫だ……ごめん……

 幸:怪我とか、してませんか?


   幸、優気の手を取る。


優気:あっ……な、なんだよ、こんなくらいで……

 幸:ダメです! 怪我とかしてたら、そこからばい菌とか入って大変なことになります!

優気:だ……大丈夫だから!


   優気の手元がうっすらと薄くなる。


 幸:……え……

優気:……どうした?

 幸:……いえ、見間違いです。優気さんの手がぼやけて見えた気がして……

優気:っ! そ……そんなわけ……ないだろう……

 幸:……でも……いえ、そんなわけないですよね。人間が透けるなんて……

優気:……あぁ……そうだ……ありえない


   優気、寂し気にうつむく。


 幸:優気さん? どうしたんですか? やっぱり、どこか怪我したんですか?

優気:いや……なんでもな……


   優気の身体がうっすらと透ける。


 幸:え……うそ……

優気:っ!? ……なぁ?

 幸:……はい……

優気:海……行かないか?

 幸:海……ですか?


優気:(M)何となく分かってはいた、こうなることは予想出来ていた

   もう俺は長くは無い、本来アンタと一緒には居られない存在なんだ

   ……俺は、卑怯者だよな……散々耳障りの良い言葉を言って……

   どうせ、最後にはアンタの傍を……俺は……




●海

   到着し、海を見つめる二人。


 幸:……着きましたね、海

優気:人……やっぱり居ないな

 幸:そりゃあ、時期が時期ですから……

優気:そうだな……アンタ、おばあちゃんの言ってたこと……少しは何かわかったか?

 幸:(何かを言おうとして口をつぐむ)……

優気:どうした?

 幸:……私はなんて答えればいいですか……?

優気:……なにをって……何かわかったのか?

 幸:わかった気がします……でも、それを口にしたら、言葉にしたら……全部終わっちゃうんですよね?

優気:終わる……終わる……か……どうだろうな……もし終わったとしたら、アンタはどうなる?

 幸:……嫌です……でも、頭のどこかではわかってるんです……それが正しいって……

優気:正しい……か

 幸:……優気さん……教えてください。貴方はどうして私と居てくれたんですか……?

優気:それは……アンタを殺すために……

 幸:嘘。本当のことを教えてください

優気:……守りたかっただけだ

 幸:守りたかった?

優気:……信じられないかもしれないけど……俺は……死んでるんだ……

 幸:……え?

優気:死んでるんだよ。物にも触れられるし、会話もできるけど、死んでるんだ

 幸:……うそ、ですよね……? だって、優気さんはここに居ますよ?

優気:俺は、アンタが死のうとしていたビルの隣のビルで……死んだんだ

 幸:え……

優気:二年前……記憶は定かじゃないけれど……俺は上司に酷くパワハラを受けていた……耐えきれなくなって、俺は……身を投げたんだよ……

 幸:……ビル……から?

優気:あぁ……

 幸:そんな……

優気:最初はうっすらとした記憶でしかなかった。アンタと過ごす内に次第に思い出したんだ

 幸:……じゃあ、はじめて会ったとき、あそこに居たのは……

優気:……気付いたらあそこに居た、んでアンタが自殺をしようとしていたんだ。どうにかしようと咄嗟に天体観測していたなんて雑談交じりの嘘をついたんだ。俺は自殺しているからな……アンタにそんなことして後悔してほしくなかったんだよ

 幸:……後悔……じゃあ、殺すって言うのは……

優気:それは……その言葉の通りだ。アンタは……今はどうなんだ? まだ死にたいか?

 幸:……私……私は……(俯く)

優気:……どうなんだ?

 幸:……もう少しだけ生きてみたい……でも、一人じゃ無理なんです……

優気:生きてみたい……か……一人じゃ無理ってなんだ?

 幸:……一人じゃ怖くて立っていられない……貴方がいてくれないと、立てないんです……

優気:……俺が……いないと?

 幸:貴方が教えてくれたんです……ここで生きていてもいいって……

優気:……そうか……


   優気の姿が更に薄くなる。


 幸:優気さん!

優気:……やっぱりか……

 幸:なんで!

優気:アンタが生きたいって気持ちを強くすると、俺はこの世に留まれなくなるみたいだな

 幸:そんな……

優気:それでいい。それでいいんだ

 幸:嫌だ! 嫌です!

優気:そう言われても俺はもうここにはいない人間なんだ

 幸:なんで……やっと、ここに居たいって思えたのに……っ!


   幸、海へと足を踏み入れる。


優気:お、お……なにしてんだ!

 幸:死ぬんです! もう一人で生きていくのは嫌なんです! このままここで……おばあちゃんが残してくれたものと一緒に!

優気:待て! 何言ってんだ……! そんなことしたって意味ねぇだろ!

 幸:意味なんてなくてもいい! もう一人は嫌なの! 一人で生きて、一人で泣いて、一人で悩んで……馬鹿みたい!

優気:だからって! 入水自殺しようとする馬鹿がいるか!

 幸:うるさいです! 私の命です! じゃあ、私がどうするか決めたっていいでしょ!

優気:お前だけの命じゃねぇだろ!

 幸:はぁ? 何を言ってるんですか? 私は独りなんです!

優気:独りじゃねぇ!

 幸:え?

優気:アンタは独りじゃねぇよ……アンタにはおばあちゃんがいる。それに、俺もいる

 幸:……そんなの……そんなの……

優気:俺はアンタに生きていてほしい。それが、俺がこの世に残った未練なんだから

 幸:……未練?

優気:あぁ……二年前、俺はアンタを見かけていた

 幸:二年前……あ、インターンの時……

優気:たまたま屋上で昼休みを取っていたアンタを、見かけていたんだ

 幸:なんで……?

優気:なんでだろうな。屋上に居たアンタの表情がやけに気になったんだ

 幸:表情? ……私、そんなに暗い顔してましたか?

優気:暗い……というか、寂しそうな、誰かに縋りたそうな……そんな顔だった

 幸:そんな顔しないように気を付けてたんだけどな……

優気:してたんだよ

 幸:じゃあ……その時に気が付けばよかったなぁ……下ばっかり見てないで……

優気:もう……過ぎたことだ……

 幸:……ねぇ、優気さん

優気:……なんだ

 幸:もしも……もしも、あの時、気が付いていたら……今は変わっていましたか……?

優気:……さぁ……な。変わっていたかもしれないし、変わらなかったかもしれない

 幸:……変わっててほしかったなぁ……ちゃんと、生きていた優気さんに会いたかった……


   優気の身体が薄く消えかかる。


優気:俺は、お前の思い出の中で生き続ける。そしてお前には、死んでもらう

 幸:……優気さん……

優気:アンタは、生きろ。生き続けることが、アンタへの死だ

 幸:……どういう、ことですか……?

優気:生きて、沢山の愛を知って幸せになるんだ。それがあんたの生きる意味、俺からの呪いだ

 幸:……傍にいてくれますか? 我儘だってわかってます。でも、もう少しだけ……貴方が傍に居てくれるって思って過ごしても許してくれますか?

優気:……あぁ、俺はアンタの思い出の中に居続ける。アンタが生きたいと思えば俺は、アンタの傍に居る

 幸:優気さん……私……頑張ってみます……

優気:……頑張れるか?

 幸:……それ、今言っちゃうんですか?

優気:……すまん……

 幸:……私が生きたいって思えば、優気さんは、傍に居てくれるんですよね?

優気:……そうだな

 幸:……じゃあ、頑張ります……出来るかどうかはわからないけれど……

優気:あぁ……生きろ。それが俺の願いであり、呪い

 幸:優気さん!

優気:なんて顔してるんだ、最後くらいは笑えよ。アンタの名前は「幸」なんだろう?

 幸:優気さん……(泣きながら微笑んで)ありがとうございました!

優気:……おぅ。いい顔出来んじゃねぇか


   優気、優しく微笑む。


 幸:っ……はい!

優気:……あ、最後にもう一つ、俺がアンタを見ていた理由があるんだが……

 幸:なんですか?

優気:一目惚れだ

 幸:え?

優気:だから、一目惚れだ。屋上で見かけたときから、気になってた。それだけだ

 幸:優気さん……

優気:悪い、変なことを言って。でもこれで悔いはなくなった

 幸:(泣き笑いしながら)もう、なんでこの瞬間にそんなこと言うんですか

優気:……ごめんな。言いたくなった


   優気、照れくさそうに笑う。


 幸:私も……優気さん、貴方のことが好きです。厳しいことばっかり言って、勝手で……でも、それは優しさで、私のことちゃんと見てくれた

優気:……そうか。あー……俺から言ったくせになんていうか……恥ずかしいし、寂しくなるな

 幸:優気さん、私からの貴方への最後の我儘聞いてくれますか?

優気:……なんだ?

 幸:抱きしめてほしいんです。ちゃんと、貴方が居てくれたことを覚えておきたいから……

優気:……わかったよ、どうせもう消えるんだから、最後くらいはな


   優気、幸を優しく抱きしめる。


 幸:(穏やかに微笑み)不思議ですね……あったかい……

優気:あぁ……暖かいな……

 幸:優気さん……ありがとう……

優気:……なにがだ?

 幸:あの時、私に声をかけてくれて……

優気:あんなところに居たらそらかけるっての。それに、俺がそうしたいからしただけだ

 幸:もう……最後くらい素直に受け取ってくださいよ

優気:……十分素直だっての。ほら、もう離れろ

 幸:……


   幸、回す腕に少しだけ力をこめる。


優気:おい……

 幸:……私、忘れません。優気さんのこと……絶対に……

優気:……あぁ、忘れるなよ。絶対に忘れさせてやんねぇ、忘れずに生き続けろ。それが、俺が与えるお前への死だ。これまでのお前を殺して、これからのお前を生かす

 幸:はい……

優気:幸せになれよ、幸……


   薄くなっていた優気の身体が完全に消える。


 幸:優気さん!


   伸ばした手が空を切る。


幸:(M)彼へと伸ばした手は届かなかった

  消えるその瞬間まで私を見つめていてくれた彼。彼は、今までの弱い私を道連れにこの世から消えたのだ

  残されたのは新しい私

  彼からいろんなものを受け取った可能性に溢れた自分。私は生き続ける。彼の想いを抱きしめて……

  ねぇ、もしも、生まれ変わりがあると言うのであれば、また出会えたらその時は……

  今度は一緒に生きてくれますか?

                                         


―幕―




2023.12.20 HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:瓶の人様

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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