Pie in the sky


【詳細】

比率:1:1

ファンタジー

時間:約20分


【あらすじ】

これは一人の修道女見習いと孤独の王の物語。



【登場人物】

イムレ:街外れの森に住む吸血鬼。

    「吸血鬼」と呼ばれるのを嫌っている。

  

 ミラ:修道女見習いの少女。

    ちょっとどんくさくてよく孤児院の子どもたちにいたずらを仕掛けられている。


●燃える森

   腹部から血を流し、倒れるミラ。それを抱きかかえるイムレ。


イムレ:ミラ……死ぬな……!

 ミラ:イ…ム……


 ミラ:(M)燃え盛る炎の中、耳元で悲痛な声が聞こえる

    普段の態度からは想像できないくらい弱々しい声

    「貴方のせいじゃないの」

    そう言いたくて口を開くけど、漏れ出て来るのは微かな空気だけ


イムレ:……人間……覚えておけ……我が愛しき者を傷つけたこと、後悔させてやる……


 ミラ:(M)これは、一人の修道女見習いと寂しがりやな夜の王の出会いが導いた物語




●夜の森

   痛めた足を引き摺りながら夜の森を歩くミラ。


 ミラ:(ため息をつき)もう、なんなのよ、あの子たち……

    帰ったら、お説教しなきゃ!

    痛っ! ……これは、やっぱり……あぁ、腫れちゃってる……

    明日は洗濯の当番なのに……どうしよう……

イムレ:おい……

 ミラ:ちょっと足くじいたくらいじゃ当番を変わってもらうなんて出来ないよなぁ……

    「貴女の指導がいけないのでしょう?」って逆にシスターに怒られちゃうよなぁ……

イムレ:……おい……

 ミラ:あぁ! 下手したら私がご飯抜きとかになっちゃうかも……

イムレ:おい!

 ミラ:きゃぁ!

   

   ミラ、驚いてその場に蹲る。


イムレ:……やっと気が付いたか……

 ミラ:え? え?

イムレ:こんな時間にこの森で何をしている?

 ミラ:え? あ、貴方は?

イムレ:先に質問をしたのは我だ。質問に答えよ

 ミラ:え? あ、えっと……

イムレ:そなたはここで何をしている?

 ミラ:……道に迷いまして……

イムレ:は?

 ミラ:私、近くの修道院でシスター見習いをしています、ミラと言います

    それで、そこの子どもたちのいたずらで森の中の落とし穴に落ちまして……

イムレ:(ため息をつき)それで、この時間までこの森にいたと?

 ミラ:は、はい……結構深い穴で這い上がるのに時間がかかってしまって……

イムレ:……そうか。てっきり……

 ミラ:え? てっきり?

イムレ:……なんでもない。ならばさっさとこの森から出ていけ

 ミラ:そうしたいのはやまやまなんですけど……真っ暗で……せめて月明かりがあれば……


    スッと雲が切れ、辺りが少し明るくなる。


 ミラ:あ、雲が切れた! これで、帰れます! では、私はこれ……で……

イムレ:……

 ミラ:……赤い瞳に白銀の髪……

イムレ:残念だったな、女。我が姿を見てしまった以上、この森から出すわけにはいかなくなった

 ミラ:吸血……

イムレ:(遮って)我が名はイムレ。お前の主となるものだ


 ミラ:(M)これが、私と彼の出会いだった




●イムレの屋敷・寝室・数か月後

   夕方。陽が落ち、外は少し暗くなっている。

   ガチャリとドアが開き、ミラが入って来る。


 ミラ:……ご主人様、起床のお時間です……よっ!


   ミラ、勢いよくカーテンを開く。


イムレ:……そなたはもう少し丁寧に起こすことは出来ぬのか……

 ミラ:出来ません! そもそも優しい起こし方をしてイムレ様がきちんと起きたためしがありません

イムレ:……

 ミラ:なにか反論でも?

イムレ:……いや……

 ミラ:そうですか。では、目が覚めたのならばご支度をお願いいたします

    本日は二十四時ごろからウィリアム様との商談が入っておられます

    その前に打ち合わせをしたいとクエル様より要望が

イムレ:……わかった……

 ミラ:あ、今日こそはお部屋の窓を開けさせていただきますからね!

    いくら夜の眷属様と言えども、空気の入れ替えは大事です!

イムレ:……

 ミラ:どうかなさいました?

イムレ:……そなたは本当に変わっているな

 ミラ:え?

イムレ:本当に我が怖くはないのか?

 ミラ:……怖い、ですか?

イムレ:そうだ。あの夜、我はそなたを無理矢理この館に連れてきた

 ミラ:あぁ、あれは流石にどうかと思いましたよ

    存在を知られてはいけないからって誘拐するだなんて

イムレ:……致し方ないだろう……我の存在は限られた者しか知らない

    下手に知られれば、いらぬ混乱を巻き起こしかねない

 ミラ:……確かに。街では「吸血鬼は人間の生き血を啜る邪悪な存在」だって言われていますからね

イムレ:……その言い方はやめろ……

 ミラ:あ……失礼いたしました

イムレ:……いい。そなたに悪意が無いのはわかっている……

 ミラ:……

イムレ:支度をする

 ミラ:は、はい!

イムレ:今日の食事は?

 ミラ:寝起きは軽いものにするとジェフ様がおっしゃっていました。お飲み物はどうされます?

イムレ:食後にコーヒーを

 ミラ:承知いたしました。では、失礼いたします

イムレ:あぁ


   ミラ、扉を閉める。


 ミラ:(M)私がお仕えしている主、イムレ様は由緒正しき吸血鬼(ヴァンパイア)だ

    本人はその呼び名が嫌で『夜の眷属』と言っている

    確かに、吸血鬼、というのは彼には似合わないかもしれない

    私があの森で迷子になり彼と出会ってこの館に来て数か月が経つが、未だに彼が誰かの血を啜っているのを見たことがない

    食事だって私たち人間と同じものを食べている

    外見以外は本当に普通の青年なのだ




●イムレの屋敷・寝室

   外から帰り外套をバサリとソファーの上に投げ捨てるイムレ。

   どかりとベットに腰掛ける。


イムレ:(息をつく)

 ミラ:あぁ、イムレ様、おかえりなさい……って、あぁ!

イムレ:ん?

 ミラ:何度も言ってるじゃないですか! コートをこのように扱っては皴が!

イムレ:……よい。気にするな

 ミラ:イムレ様が気にしなくても、私が気にするんです!

イムレ:……

 ミラ:お客様の所に行かれるのにしわくちゃのコートで送り出すなんて……

    私のお世話係としての面子が!

イムレ:(笑う)

 ミラ:イムレ様?

イムレ:いや、慣れたものだなと思ってな

 ミラ:そりゃ、何か月もここに居れば慣れますよ

イムレ:今では立派なメイド長だな

 ミラ:メイド長って……この館には私しかメイドはおりませんが?

イムレ:そう言えばそうだな

 ミラ:……イムレ様、一つ、伺ってもよろしいでしょうか?

イムレ:なんだ?

 ミラ:……

イムレ:どうした?

 ミラ:……今までこの森に送り込まれた『花嫁』たちはどこに?

イムレ:……

 ミラ:あ、あの、別にイムレ様が、その、食べたとは思っていないです! 断じて!

イムレ:何故そなたが焦る?

 ミラ:いや、その……なんとなく……

イムレ:……我が様々な『客人』と取引をしていることは知っているな?

 ミラ:はい。それはもう本当にいろいろな方々と

イムレ:クエルに代理を頼み、その者たちに託した

 ミラ:え?

イムレ:わざわざこの森で一生を過ごす必要はない。人間の寿命は短いのだからな

 ミラ:……

イムレ:どうした?

 ミラ:……私は例外ですか?

イムレ:そうだな……そなたには気の毒なことをしたと思っている

 ミラ:え?

イムレ:本来ならばそなたも森の外へと送り届けるつもりだった

    あの夜、月の明かりさえ出なければ……

 ミラ:……

イムレ:我が姿を見たものは何人たりともこの森を出ることを許すわけにはいかぬ

    我が存在はこの森の近隣にある街や村の一部の限られた者しか知らぬ

 ミラ:そう、なんですか?

イムレ:あぁ、知れば混乱を生むことは明白だからな。『吸血鬼』なんて、御伽噺である方がいい

 ミラ:……でも、修道院には『吸血鬼』やその生贄として森に送り込まれたとされる『花嫁』の話が来ています

イムレ:全ての情報が隠しきれるものではないからな

いくら口止めされたとて、良心の呵責に苛まれ、神に懺悔をする者もいるだろう

 ミラ:……共存は出来ないのでしょうか……

イムレ:共存?

 ミラ:はい。私はここに来てまだ数か月ですが、イムレ様もこの館の方々も皆さま良い方々です

    皆それを知らないから怖がっているだけで、違うと分かれば……

イムレ:(遮って)それは無理だ

 ミラ:え?

イムレ:人間は自分と違う種族を受け入れることが出来ない

 ミラ:……

イムレ:それは長い歴史から見てもわかることだ

 ミラ:でも……

イムレ:幾千の時を見てきた。こればかりは越えられぬ壁だ。人間は他種族を受け入れることはない

 ミラ:……決めつけないでください……

イムレ:ミラ……

 ミラ:確かに、今まではそうだったかもしれないです。でも、これから先はわからないじゃないですか

    無理だって決めつけて、可能性を切り捨てて……

イムレ:……ミラ……

 ミラ:人間を拒絶しているのはイムレ様も同じじゃないですか!

イムレ:ミラ!


   ミラ、部屋を出ていく。


イムレ:……同じ、か……


 ミラ:(M)主人にとるべき態度ではないと頭ではわかっていた

    でも、どうしても許せなかった。人間との和平を望んでいながら可能性を切り捨てる彼が




●イムレの屋敷・庭園

   東屋のベンチに座り、俯くミラ。


イムレ:ここにいたのか

 ミラ:……

イムレ:いくらまだ温かい気候になったと言っても夜は冷える


  イムレ、自分の上着をミラに羽織らせる。


 ミラ:……

イムレ:……すまなかった

 ミラ:え?

イムレ:人間は他種族を受け入れないと嘆いておきながら、我も同じく人間を受け入れようとしていなかった

 ミラ:……申し訳、ございませんでした……

イムレ:そなたが謝ることではないだろう?

 ミラ:人間と他の種族の方々との関係性はイムレ様の方がよく知っておられますし、見て来ていらっしゃいます

    私のような小娘が意見するだなんて、烏滸がましいにもほどがあるとわかっております

    でも……それでも……

イムレ:謝るな

 ミラ:……イムレ様……

イムレ:ミラ

 ミラ:は、はい!

イムレ:……少しだけ時間をくれ

 ミラ:え?

イムレ:すぐに人間を受け入れるということは出来ない。だが、いずれは互いの種族のために……

 ミラ:イムレ様

イムレ:ん?

 ミラ:ありがとうございます

イムレ:……

 ミラ:私の言葉を真剣に考えていただけて嬉しいです。そのお気持ちだけで

イムレ:……そなたがいたから……

 ミラ:え?

イムレ:そなたに出会えたから、人間も排他的な者だけではないと知れた

 ミラ:イムレ様……

イムレ:ありがとう


 ミラ:(M)はじめて彼の優しい微笑みを見た

    この優しい人が傷つくことのない世界に少しでもいい、変わっていってくれたなと心の底から想った

    でも、神様は残酷で……




●森の中

   木の実を採集するミラ。


 ミラ:ん~、こんな感じかな?

    これだけ木の実が取れたら、ジェフ様喜んでくれるかしら?

    ……それにしても、これ、いったい何の実なんだろう……

    食べられるから毒じゃないとしても、見た目が……ね……

 

   ガサガサと草むらが揺れる。


 ミラ:え? 誰?


   草むらから子どもが出て来る。


 ミラ:ハンス! メアリー!

   貴方たち、どうしてこの森に? シスターから入っちゃいけないって言われてたでしょ?

   ……私を捜しに?

  

 ミラ:(M)新しい道を辿ろうとする彼の……


 ミラ:……え? 森を……?


 ミラ:(M)その瞳を両の手で覆い隠すのです




●イムレの屋敷・夜

   ミラが夜まで帰らなく、ざわつく屋敷内。


イムレ:そうか、まだ帰っていないか……

    食材を採取に行ったのは南の方だな? ならば、我が出よう

    この刻限だ。森に入る人間はいないだろう

    クエル、心配するな。出る


   イムレが屋敷の扉を開けると子どもがおびえた様子で立っている。


イムレ:ん? 人間の子ども……

    どうしてそなたたちが……

    ミラ? ミラがどうした! 




●森の入り口

   松明を掲げた人間が大勢立っている。そこに対峙するミラ。


 ミラ:待ってください! 森に火をつけるなんて……考え直してください!

    この森に住む方が貴方がたに何か危害を加えられましたか?

    『花嫁』……それだって、貴方がたが勝手にこの森に送り込んでただけですよね!

    この森の主の望んだことではありません!

 

   石を投げる市民。


 ミラ:痛っ! ……石……

    ……こうやってイムレ様も絶望していったんだ……

    この森に住む方は優しい方です! 皆さんと変わらない。とても優しい方なんです!

    ……神父様! お願いします! この方々を止めてくださ……


   銃声。

 

 ミラ:(M)あぁ、これが絶望……

    信じていた人に裏切られ、誰にも言葉を聞いてもらえず、ただただ排除される……


   木々が焼ける音。


 ミラ:(M)あぁ……森に火が……

    守れなくて、ごめんなさい……でも……

    この絶望を味わうのが、私で、よかった……


イムレ:ミラ!

 ミラ:イ、ムレ……様……?

    イムレ、夜空から舞い降り、ミラに駆け寄る。

イムレ:何をしている!

 ミラ:……ごめんな……さい……守りた、かった……

イムレ:ミラ!

 ミラ:忘れないで……

イムレ:ミラ?

 ミラ:……人間は……こんな……人たちだけじゃ……

イムレ:ミラ! 死ぬな!

 ミラ:あなたの……

イムレ:ミラ? ミラ!

 

ミラ:(M)あぁ、イムレ様が……ごめんなさい……


イムレ:……人間……覚えておけ……我が愛しき者を傷つけたこと、後悔させてやる……



 ミラ:(M)その晩、人間が放った炎は森の大半は焼いた

    焼け跡からは古びた屋敷が発見されたが、そこに住まう者は発見されなかった

    その後、森に隣接していた村や町では不幸なことが続いた

イムレ:(M)疫病、飢饉、治安の悪化

    それら全てを悪魔の、我のせいだと人間は声高に語った

 ミラ:(M)それらを淘汰していたのが誰だったのかを知らずに

    己の罪を知らずに

イムレ:(M)これは、心優しい一人の修道女見習いと吸血鬼の男の出会いが導いた物語


 ミラ:貴方の未来が……少しでも明るいものでありますように



―幕―




2025.04.03 HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:JUN様

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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