声が届かなくても


【詳細】

比率:男2:女2

現代・ファンタジー・ラブストーリー

時間:約20分


【あらすじ】

いつも当然のようにある日常。

その日常が突然なくなったら、あなたはどうしますか?


【登場人物】

大和:黒崎 大和(くろさき やまと)

   20代。沙那の彼氏。

        

沙那:大竹 沙那(おおたけ さな)

   20代。大和の彼女。


望美:星澤 望美(ほしざわ のぞみ)

   20代。大和と沙那の共通の友人。


八雲:(やくも) 

   大和の前に現れた不思議な少年。      



●夜の公園

   ベンチで寝ている大和。

   傍らには八雲が彼を見つめている。


大和:(目が覚める)っ! ここは……いつもの公園?

八雲:あぁ、やっと目が覚めた?

大和:うわっ、お前、誰だ?

八雲:えぇ? お兄さん、失礼な人なんだね。他人に名前を聞く前に先に自分の名前を名乗りなさいってお母さんに言われなかったの?

大和:はぁ?

八雲:まぁ、いいや。僕の名前は八雲。お兄さんは?

大和:黒崎大和

八雲:うん、あってるあってる

大和:はぁ?

八雲:いや~、こっちの話。ところでお兄さん、こんなところで何やってるの?

大和:何やってるって……何やってるんだろ。気が付いたらここで寝てたんだ

八雲:……ふ~ん

大和:公園のベンチで寝るなんてめったにないのに……飲みすぎたか?

八雲:……やっぱり覚えてないんだ?

大和:あぁ。そんなことより、こんな時間にお前は公園で何やってるんだ? 未成年がこんな時間に外を出歩いたらダメだろ? 犯罪に巻き込まれるぞ?

八雲:大丈夫、僕、未成年じゃないよ?

大和:え、そうなのか?

八雲:うん、こう見えても僕、きっとお兄さんよりも全然年上だよ?

大和:いや、それは流石に……

八雲:(意味ありげに微笑んで)さぁ、どうだろうね。それより、お兄さん本当に覚えてないんだね。久々にレアなケースに出くわしちゃったなぁ。まぁ、だからこんなことになっているんだろうけどね……

大和:レア? 

八雲:あぁ、こっちの話。じゃあ、お兄さんにはちょっとショックな話になるかもしれないんだけどさ……お兄さんって大竹沙那さんって人知ってる?

大和:大竹沙那って……沙那のことか? 

八雲:お、この人のことは覚えてるんだね

大和:覚えてるも何も、沙那は俺の彼女だ

八雲:そっかそっか、それじゃあ……彼女が今どこにいるかもわかる?

大和:どこって……(公園の時計を見て)この時間なら家にいるんじゃないか?

八雲:ふ~ん……なるほどね……

大和:(ちょっとムッとして)おい、さっきから何なんだよ

八雲:ん?

大和:俺のこととか沙那のこととか……俺たち初対面だよな? 初対面の相手に対して……

八雲:初対面か~。う~ん、正確に言えば一回会ってはいるんだけどね……覚えてないよね~

大和:は?

八雲:ううん、何でもないよ~。それでね……(遠くにいる人影に気が付いて)あっ!

大和:どうしたんだ? (遠くにいる人影に目を凝らして)ん? こんな夜に女の子が……って、沙那!


   大和、人影(沙那)の元へと走っていく


八雲:(ため息)タイミング最悪……もっと仕事が増える予感しかしない。こんなことなら早く回収しとけばよかった。でも、本人が納得してくれないと傷つけずに回収なんてできないし……(ため息)やっぱ例外はめんどくさい……



●公園の池のほとり

   沙那が泣き崩れている。


沙那:なんで……どうして……

大和:(走ってきて、沙那の後ろから)沙那!

沙那:どうして!

大和:さ、沙那? どうしたんだ?

沙那:どうして、どうして帰ってきてくれないの?

大和:え……あぁ、やっぱり俺飲みすぎたんだな……沙那、心配かけてごめん……

沙那:いつもそうやって自分勝手

大和:……ごめん、今度は気を付けるって言ったのにな。本当にごめん、今度はしないから!

沙那:嘘つき

大和:嘘じゃない! いや、今回約束破ってるから嘘つきになっちゃうのかもしれないけど、今度は気を付けるから!

沙那:なんで……

大和:なぁ、沙那。ちゃんと謝りたいから、こっちを向いてぼし……

沙那:(被せて)いつもいつも……

大和:え?

沙那:自分のことより私のことを優先してさ……

大和:そりゃ、沙那は俺の彼女だから。沙那が守ってほしいこととかやってほしいことは出来る限りしたいと思ってるよ。たまにこうやって約束破っちゃうけど……それは、ごめん……

沙那:大和……

大和:今度から、気を付ける。だから、もう泣くなよ

沙那:……ごめん

大和:え?

沙那:ごめんなさい、ごめんなさい!

大和:沙那?

沙那:私がもっとしっかりしてたら……

大和:沙那?

沙那:私のせいでごめんね……

大和:どうしたんだ? ちょっと変だぞ……とりあえず落ち着けって……


   大和、後ろから沙那を抱きしめようとするが、スッと指が通り抜けてしまう。


大和:……え?

望美:(遠くから)沙那! いた!


   望美、沙那を見つけて走ってくる。


大和:あ、星澤!

望美:(大和の横を通り過ぎる)沙那!

大和:え?

望美:沙那。やっと見つけた! あんた、なんでこんな所にいるのよ!

沙那:……望美……

望美:お医者さんに安静にしてなさいって言われたでしょ! あんたが病室から急にいなくなったって聞いて、おばさんたちと一緒に捜してたのよ!

大和:医者? 病院?

沙那:……

大和:おい、星澤、沙那が病院ってどういうことだ?

望美:沙那、辛いのは分かるけど……もう、受け入れなきゃいけないのよ……

沙那:……望美ちゃん……

大和:おい、星澤! 沙那に何かあったのか!

望美:いつまでも私たちが立ち止まってるわけにはいかないのよ!

沙那:(さらに泣きながら)望美ちゃんに何がわかるの!

望美:沙那……

沙那:望美ちゃんにはわからないよ! だって……だって……

大和:おい、沙那。一体どうしたん……

沙那:私のせいで大和が死んだんだよ!

大和:……は?

望美:沙那のせいじゃないでしょ? あれは、あの車が……

沙那:私のせいなの! あの時、私がもっと気を付けていれば! あの時、私がクレープを食べたいなんて言わなければ……あの時、あそこの交差点に行かなければ交通事故にあうことなんてなかった……

大和:は? どういう……

八雲:(ため息)やっぱり、こうなるよね

大和:(振り返って)これはどういうことだ!

八雲:どういうことも何も、そういうことだよ

大和:(困惑しつつ)は?

八雲:お兄さんはもう死んでるの。数日前に暴走した車に突っ込まれて、お姉さんを守って死んだ

大和:そ、そんなの……

八雲:覚えてない? あの日、お兄さんはお姉さんと久々のデートをしてて……

大和:(急な頭痛が襲う)っ! 俺は……俺は……

八雲:本当は覚えてるんでしょ? あの日のこと

大和:あの日……



●回想・過去

   事故があった当日。駅前。

   沙那がスマホとにらめっこをしている。そこに慌てて走って来る大和。


沙那:大和! 遅い!

大和:ごめんごめん!

沙那:もう。久々のデートなのになんで遅刻してくるかな~

大和:昨日、遅くまで飲んでて……

沙那:また?

大和:あぁ……

沙那:本当にもう……

大和:ごめんって! 急に先輩に誘われて断れなくてさ。後輩もいたし、置いて帰るのも……って

沙那:(ため息)本当に大和ってお人好しだよね

大和:うぅ……

沙那:まぁ、それが大和の良さなんだけど

大和:沙那~!

沙那:でも! だからと言って遅刻していいことにはならないから!

大和:はい、ごもっともです……

沙那:なので、バツとして、今日はあそこのクレープを奢ること!

大和:あぁ、わかったよ

沙那:それから、飲みすぎには注意すること!

大和:はい

沙那:わかればよろしい! さ、行こう!

大和:おう! 


   交差点に一台の車が猛スピードで入って来る。


大和:(走ってくる車に気が付いて)沙那! 危ない!


   沙那を突き飛ばす大和。衝撃音。



●現在・公園の池のほとり

   頭をかかえる大和。


八雲:思い出した?

大和:……あぁ

八雲:そういうこと

大和:……そうか

八雲:お兄さんはあの日、あの交差点で死んだ。で、本当はあの時に僕がお兄さんの魂を回収する予定で迎えに行ったんだ。だけど、急にどっか飛んでいっちゃってさ。捜すの大変だったよ

大和:……お前が迎えに?

八雲:そうだよ。それが僕の仕事だから

大和:仕事?

八雲:そう、僕は魂の運び屋なんだ

大和:魂の運び屋?

八雲:僕たち運び屋の仕事は、死んでしまった人間の魂を傷つかないように回収すること

大和:傷つかないように回収?

八雲:そう。人間は必ず死ぬ。そして、死んだときに現世の生身の肉体から魂は離れるんだ。お兄さんもそんな話、聞いたことあるでしょ?

大和:……あぁ

八雲:普通ならある程度本人も納得してスムーズに身体から魂が離れてくれるんだけど、そうじゃないケースもある。特に、お兄さんみたいに不慮の事故で突然この世から旅立ってしまうことになった人とか。そういう人たちって、後悔とか無念とか、いろんな気持ちを抱えてるんだ。そりゃ、そうだよね。自分のせいじゃなくて他者のせいで急に命が無くなってしまうんだもの

大和:あぁ……

八雲:でも、肉体が生きていない魂をそのままにしておくことは出来ない。肉体を持たない魂はとても傷つきやすいんだ。今まで守ってきてくれた器が無くなっちゃった状態だから

大和:魂が、傷つく?

八雲:そう。傷つくんだ。例えるなら、人間が怪我をして血を流すみたいな感じかな。普通の人には見えないけどね。そして、傷ついた魂はそのまま放置すると大変なことになる。どす黒い負のものに飲み込まれて人間に災いをもたらす存在になってしまう。だから、僕たち運び屋が出来るだけ魂を傷つかないように守って回収して、その魂の行き先を決める場所まで運ぶんだ

大和:そうか……

八雲:ただでさえ大変な仕事なのにその魂が急にいなくなるとか……本当に焦った

大和:……

八雲:何で急にいなくなったの?

大和:わからない。ただ、あの瞬間、この公園が急に頭に浮かんできて。あの頃に……沙那と楽しく過ごしていたあの時に戻りたいと思ったから、かもしれないな……

八雲:なるほどね……

大和:(ため息)そうか、俺は、死んだのか……(泣いている沙那を見る)

八雲:(大和の視線の先を見て)……だから、もうこのお姉さんたちにお兄さんの声は届かないし、もちろん触れることもできない

大和:どうやっても?

八雲:どうやっても。お兄さんの身体はもうこの世にはないから……

沙那:大和ぉ……どこにいるの?

望美:沙那?

沙那:大和、いるんでしょ? ずっと一緒だって約束したじゃん……

  

   沙那、大和を求めてうつろな表情でふらふらと立ち上がる。


望美:(腕を掴み)沙那!

沙那:離して! 大和ぉ……

大和:……

八雲:……さぁ、行こう。これ以上ここにいてもお兄さんに出来ることはない。魂に傷が増えるだけだ

沙那:大和!

大和:っ! 沙那!

八雲:聞こえないよ

大和:沙那!

八雲:お兄さんはもう死んでるんだから、聞こえないんだよ……

大和:それでも、それでも、俺は……沙那!

八雲:だから!

大和:沙那!

沙那:っ! 大和?

八雲:え?

沙那:大和? 大和だよね? 大和、どこ! どこにいるの?

望美:ちょ、ちょっと、沙那、どうしたの?

沙那:今、大和の声がしたの! 大和、いるの?

大和:沙那……

沙那:ねぇ、大和お願い! 私も連れてってよ! 私を一人にしないでよ!

望美:沙那!


   泣き崩れる沙那。

   触れられないと分かりつつ大和、沙那を抱きしめる。


大和:ごめんな、沙那。ずっと一緒にいてやれなくて。一番大切な約束を守れなくて。俺のせいで苦しめてごめん。沙那のこと一緒に連れていけたらすごく嬉しいけど、出来ないよ。沙那には沙那の人生がある。これから先、いっぱいいろんなこと見たり聞いたり出来る時間がいっぱいあるんだ。だから、それを大切にしてほしい。俺、ずっと沙那のこと見守ってるから。沙那がちゃんと寿命を全うしてこっちに来たら、その時こそずっと一緒にいような。沙那、愛してるよ


   大和、沙那にそっとキスをする。

   その瞬間、静かな旋風が沙那の身体を包む。


望美:っ! 何、急に風が吹くなんて……

沙那:大和……

   

   大和、そっと沙那から離れる。


八雲:……まさか、こんなことが起こるなんて……

大和:(優しく笑って)愛の力ってやつかな?

八雲:……お兄さん、凄いこと言うね

大和:そうか?

八雲:(笑って)やっぱり、例外ってめんどくさいな

大和:悪かったな

八雲:いや。この仕事をしていて初めていいもの見せてもらった

大和:そうか?

八雲:うん。それじゃ、そろそろ行こう

大和:あぁ

八雲:……もう、未練はない?

大和:どうしたんだ?

八雲:……別に……

大和:完全にないって言ったら嘘になるけど、これで十分だよ。俺の気持ち、きっと沙那に届けられたから

八雲:そっか

大和:おう

八雲:じゃあ、行こう

大和:あぁ


   八雲、歩き出す。

   大和、その後をついていく。途中で振り返り。


大和:沙那、またな

   

   大和、八雲の後をついて去る。


望美:……沙那?

沙那:(穏やかに)望美……

望美:ん? どうした?

沙那:今ね、大和の声が聞こえたの

望美:そっか

沙那:うん

望美:何て?

沙那:愛してるって……

望美:そっか……

沙那:……大和、またね



―幕―



2020.09.01 ボイコネにて投稿

2022.08.27 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

0コメント

  • 1000 / 1000