美しく優しい羽根


【詳細】

比率:男1:女1 

近未来・ラブストーリー

時間:約20分


【あらすじ】

「憎くて憎くて仕方がなかった人は、不器用で愛情の深い人でした」


燈真の元を去って三年。

優羽は一人海辺の街に移り住み、ひっそりと暮らしていた。

忘れたいはずなのに、思い出すのは彼のこと、亡き姉のこと。

思い出す度に彼女は海を見つめます。姉が好きだと言っていた海を……


*こちらのシナリオは、『面影を重ねて』の三年後の優羽視点のお話です。

 こんな愛の形や始まり方があってもいいのかなと思って書かせていただきました。

 お読みいただいて不快に感じられた方はそっと閉じていただければと思います。



【登場人物】

優羽:野村優羽(のむら ゆう)

   燈真の亡き妻である美羽の双子の妹。

   三年前、燈真への復讐のために試作品アンドロイドに扮して一緒に生活をしていた。


燈真:金内燈真(かねうち とうま)

   優羽に双子の姉、美羽の夫だった人。

   不器用でまっすぐで、一つのことに集中すると周りが見えなくなりがちな人。

   物書き

   


優羽:(M)お姉ちゃんの死を看取ったとき、どうしても許せなかった

   お姉ちゃんを……私の大切な家族を一人で死なせたあの男を

   だから私の持てる力全てで復讐してやるつもりだった

   お姉ちゃんが大好きだと言ってくれた長い髪も切って、お姉ちゃんの情報も全て頭に叩き込んで

   私はその日、自分であることをやめた



●海辺の街・昼

   防波堤から海を見つめる優羽。


優羽:あれから、三年か……燈真さん、元気にしてるかな……って、私にはそんなこと考える資格なんてないよね……


優羽:(M)三年前。私はお姉ちゃんを見殺しにした男に復讐するために近づいた

彼の名前は金内燈真。死んだ私の姉、金内美羽の夫だった人

   彼と初めて会ったのはお姉ちゃんのお葬式だった

   私が何度かお見舞いに行っていた時でさえ合うことのなかった彼。どんな冷たい奴なのだろうと思った。会場でちらりと見た彼の表情は冷静で、思っていた通り姉を大事にしていなかったのだと、だからこんなにも冷静でいられるのだと怒りが込み上げてきた

   すぐにでもその場に出て行って問い詰めたかったが、お姉ちゃんと彼の友人でもある大辻さんに止められ、やめた

   そのお葬式から三か月後、大辻さんから連絡があった。金内燈真を助けてくれと

   お姉ちゃんを見殺しにした男がどうなろうと私の知ったことではないと断ったが、大辻さんの必死な姿に最終的に渋々引き受けた

   私に頼まれたのは、お姉ちゃんと同じ姿をした試作品アンドロイドとして彼が立ち直れるまで傍にいることだった


優羽:(苦笑して)あれは、これから先も絶対にもらえないような大役だったな~。毎日が全部アドリブでのお芝居なんだもん



●三年前・燈真の部屋

   不安げに優羽を見つめる燈真。


燈真:……ミウ……

優羽:はい、燈真

燈真:今日からずっと俺の傍にいてくれるの?

優羽:はい、燈真が元気になるまでの間、ずっとお傍に

燈真:本当に?

優羽:はい

燈真:……君は、突然いなくなったりしない?

優羽:はい

燈真:よかった……

優羽:……


優羽:(M)初めて対面した彼は、私のことをいとも簡単に、それはもう信じられないくらいにあっさりと、大辻さんの作った試作品アンドロイド・ミウだと受け入れた

   そして、私との初めての会話が私の所在の有無だった

   やっぱりと私は心の奥で毒づいた。お姉ちゃんの代わりの家政婦がきたよ、よかったね、と

   でも、それは違った

   彼が求めていたものは……お姉ちゃんという存在だった


燈真:(姿が見えない優羽を探して)ミウ、どこにいるの?

燈真:(パソコンに視線を向けながら)インターネットって便利なんだね。この服とか、君に似合うと思うんだけど、どうだろう?

燈真:(寝言で)……ミウ……美羽……

燈真:ミウ、この写真はね。美羽が大好きだって言っていた海に行った時のものなんだ。綺麗だろ?


優羽:(M)彼と過ごして数か月。初めて会ったときとは違う表情を見せ始めた彼

   認めたくはなかったが、認めざるを得なかった……

   彼は本当にお姉ちゃんのことを愛してくれていた。ただ、不器用で、一個のことに集中すると周りが見えなくなってしまう仕方のない人だったんだ

   私の決心が鈍る。憎くて憎くて仕方なかったのに、心の底から恨むことが出来なくなってしまった

   そして、勘違いしてしまいそうになる……

   今、彼が私に向けてくれている愛情は、本来お姉ちゃんに向けられるはずのものであって、私に向けられるものではないのに……


燈真:……ミウ、いつもみたいに抱きしめてもいい?

優羽:はい


優羽:(M)朝。彼は決まって私にそう尋ねる。私が頷くと彼はそっと私を抱きしめる

   まるで迷子が助けを求めて縋り付くかのように……


燈真:……美羽……

優羽:……

燈真:美羽、君に会いたい。どうやったらまた君に会える?


優羽:(M)そして、お姉ちゃんの名前を呼ぶ。もうこの世にいないことは分かっているはずなのに……

   だから、私は少しだけ自分の気持ちを含ませてこう返す


燈真:(縋るように優羽の頬に触れ)なぁ、美羽……

優羽:……燈真、私は奥様じゃありません。私は試作品アンドロイド。貴方のお友だちの大辻兼悟様によって貴女の奥様だった金内美羽様に似せられて作られた試作品アンドロイドです



●現在・海辺

   海を見つめる優羽。


優羽:(苦笑して)私がそう言うたびに寂しそうな顔してたな……

   そして、そのあと必ず拗ねるの。私の気持ち伝わってたのかな?

   ……なんてね。それが出来てたら、今頃私は大スターだ!


優羽:(M)お姉ちゃんに代わって、お姉ちゃんへの愛を受け取る毎日

   それは、一見すれば甘くうっとりとする日常だが、当事者からすれば残酷だ

   抜け出したくても抜け出せない。まるで底なし沼のような日々だった

   でも、そんな日常も突然終わりを告げた。きっと、神様が与えてくれたチャンスだったんだ

   これ以上、私が勘違いしないようにと……


●三年前・病院

   ベッドに横たわる優羽。付き添う燈真。枕元の名札には「野村優羽」と書かれている。


優羽:……っ……


優羽:(M)目が覚めた私の視界に入って来たのは真っ白な天井だった


燈真:ミウ! 気が付いたか!

優羽:……ここは……

燈真:病院だ

優羽:病院?

燈真:君はさっきの地震で怪我をしたんだ、覚えてる?

優羽:……地震……あっ!(起き上がろうとして背中に痛みが走る)っ!

燈真:動いちゃダメだ! 安静にしていて……


優羽:(M)そう言って私に手を添える彼はいつもの彼と違った

   あぁ……もう、終わりの時が来たのだ。私はそう悟った


優羽:……もう、気が付いちゃいましたよね?

燈真:……あぁ

優羽:(悲しげに微笑んで)……でも、これでよかったのかもしれない……


優羽:(M)自分から終わりを見つけられなかった私に、神様がくれた最後の助け船


燈真:……君は一体誰なんだ? アンドロイドが血を流すはずがない。それなのに君は血を流していた。赤い血が流れるのは生きている人間の証拠だ。

優羽:……私は、アンドロイドじゃありません


優羽(M):彼の鋭い視線が全身に刺さる


優羽:……私の本当の名前は野村優羽。貴方の妻、金内美羽の双子の妹です


優羽:(M)私は全てを彼に打ち明けた

   美羽の双子の妹であること、そして、大辻さんの頼みでアンドロイドに扮して彼の元にいたこと

   当初は復讐したかった、なんて血なまぐさいことだけは伏せて……

   これは、最後の私の我儘だ

   ごめんね、お姉ちゃん、私、きっと彼のことを……


   病室のドアが閉まる。


優羽:さようなら、燈真さん


優羽:(M)次の日の朝早く、私は大辻さんに手伝ってもらって早々に退院した

   その日のうちに私は彼がいるあの場所から遠いこの地に

   お姉ちゃんが好きだと言っていた、海の見える街へと居場所を変えた

   大辻さんにもお願いして私の居場所は知らぬ存ぜぬを通してもらう約束をした

   私はもう彼に会ってはいけない。この想いに気付いてしまったから

   つぼみにもならないこの気持ち、まだ小さいうちになかったことにしなくては

   この想いが咲いてしまったら、私はお姉ちゃんの妹ではいられなくなってしまうから



●現在・海辺の街

   海を眺める優羽。


優羽:さぁ、明日も仕事だ~。頑張らなくちゃね! もっと体力も付けて……

燈真:(優羽の後ろから声を掛ける)あの、すみません

優羽:(振り返りながら)はい!なんでしょう……か……

燈真:……やっと見つけた……

優羽:とう……ま……さん……?

燈真:君もかくれんぼが得意なんだね

優羽:っ!(走り出そうとする)

燈真:待って! 逃げないで! 優羽さん!(腕を掴む)

優羽:っ! 離してください!

燈真:優羽さん、落ち着いて

優羽:離して!

燈真:……優羽さん

優羽:……どうして、ここに来たんですか

燈真:え?

優羽:……私……私が……

燈真:優羽さん?

優羽:……

燈真:……こんな所で立ち話もなんですし、あっちの木陰でお話しませんか?

優羽:……私は話すことなんて……

燈真:じゃあ、俺の話を来てくれるだけでもいいんです。いいって言ってくれるまでこの手は離しません

優羽:……わかりました……

燈真:ありがとうございます



●海岸の木陰

   ベンチに座る優羽と燈真。


優羽:……それで、お話とは……

燈真:優羽さん

優羽:……はい

燈真:勘違いしないでほしい。俺は、君を責めるために来たわけじゃないんです

優羽:……え?

燈真:ちゃんとお礼を言いたくて。優羽さん、俺がダメになりそうなときに傍にいてくれてありがとう

優羽:……私は……

燈真:ん?

優羽:……私にはそんなこと言っていただく資格なんてないんです

燈真:そんなことないよ

優羽:……私は褒められるような人間じゃないんです……ましてや、お礼を言われるなんて……

燈真:そんなことない

優羽:そんなことあるんです! 私は……私は……

燈真:優羽さん?

優羽:私は……貴方に復讐したくて、傍にいたんです……

燈真:……

優羽:貴方のことが憎くて憎くてしょうがなかった。世界でただ一人の家族を……大切なお姉ちゃんを道具のように扱って、自分の世話だけさせて、いらなくなったから捨てたんだって、ずっとそう思ってました。だから、貴方に復讐してやろうと思って、大辻さんからの誘いを承諾したんです

燈真:……優羽さん

優羽:だから、私はお礼を言われるような人間じゃないんです

燈真:……それでも、君は優しかった

優羽:……出来なかったんです……

燈真:え?

優羽:貴方と生活していくうちに、貴方がお姉ちゃんのことを本当に愛してくれていたことが分かったから。貴方はただ真っ直ぐで不器用な人なんだと気が付いてしまったらから……

燈真:優羽さん

優羽:出来るわけないじゃないですか、そんな人に復讐なんて! お姉ちゃんだってきっとそんなこと望んでないってわかったから……

燈真:優羽さん……

優羽:……

燈真:……ねぇ、優羽さん

優羽:……

燈真:俺は本当にどうしようもない人間です。すぐに周りが見えなくなっちゃうし、一人では生きていけない弱い人間です

優羽:……

燈真:貴女が俺の傍にいてくれた一年にも満たないあの時間が、俺にはとても幸せな時間でした。美羽がいなくなって、何もかも失ってどうでもいいと思っていた俺に、この世界はまだ生きていても良い世界なんだと思わせてくれました。本当にありがとうございました

優羽:……

燈真:ここまでがミウとして俺の傍にいてくれた優羽さんへの俺の気持ちです

優羽:……はい

燈真:そして、ここからは、優羽さんへのお話です

優羽:え?

燈真:今から俺が話すこと、嫌だったら止めてください

優羽:……

燈真:俺自身も確信しているわけではないし、こんなことって思われるってわかってるから。でも、もう後悔はしたくない。美羽のようにいなくなってから言葉にしたって伝えることは出来ないから

優羽:燈真さん?

燈真:優羽さん、これから貴女のことを知ってもいいですか?

優羽:え?

燈真:三年間、いろいろ考えたんです。優羽さんと生活していた時に感じていた違和感や安心感は何だったのだろうと

優羽:……安心感?

燈真:最初はたとえ違う形だとしても、美羽が俺の元に戻ってきてくれたと思えたからなのかと思っていました。でも、違った。貴女のいなくなった部屋で一人で生活しているうちに気が付いたんです。あれは、俺が貴女から愛情をもらっていたからではないかと……

優羽:っ!

燈真:温かくて、優しくて……俺はあんなにも支えてもらっていたんですね……

優羽:……そんなこと……

燈真:優羽さん、本当にありがとうございました

優羽:……そんな……こと……

燈真:そして、俺はこの温かさを貴女に返したい

優羽:え?

燈真:まだこれが貴女へのどんな感情なのか、俺には分かりません。だから、これから貴女のことを教えてください。いや、知りたいんです

優羽:……燈真さん……

燈真:だから、友だちから始めさせてください


優羽:(M)憎くて憎くて仕方なかった彼は、ただ不器用で愛情が深い人だと知りました

   この想いが許されるものなのか、私にはわからない

   でも、今はそれでもいい。わからなくてもいい

   今、彼に感じている私の想いが勘違いだったとしても、ただの傷の舐め合いでしかなかったとしても

   私は、不器用で愛が深い彼の隣にいたいと思ったのだから



―幕―




2021.06.17 ボイコネにて投稿

2022.12.21 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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