願わくば


【詳細】

比率:男1:女1

ファンタジー・和風

時間:約15~18分


【あらすじ】

これはとある時代、とある場所で起こった猫のお話。

夕暮れの神社の境内。

白猫のすずは悩みます。

大好きなご主人様のために自分は何が出来るのだろうか……



【登場人物】

すず:白猫の女の子。

   とあるお屋敷で飼われており、たまに抜け出してとわに会いに神社の境内にくる。

   ご主人様が大好き。


とわ:黒猫の男の子。

   野良猫で神社の境内に住んでいる。

   すずよりちょっとだけ年上。

   密かにすずに想いを寄せている。    



すず:(M)ある月明かりのまぶしい夜。すずは初めてご主人様の涙を見ました

   とても綺麗だけど、冷たい涙

   理由は分かりませんが、この時、すずは思ったのです

   大好きなご主人様を助けたいと……



●神社の境内・夕方

   すずが悩んでいるところに野良猫のとわがやって来る。

   すずはとわの存在に気が付いていない。


すず:う~ん……

とわ:お、すずじゃねぇか

すず:う~ん……

とわ:すず?

すず:……どうしたらいいんだろう……

とわ:(大きな声で)おい、すず!

すず:おわっ! あ、とわ~

とわ:「あ、とわ~」じゃねえよ。さっきから声かけてんのに、ずっと無視しやがって……

すず:え! そうだったの?

とわ:そうだよ

すず:……ごめんなさい

とわ:お、おいおい、そんなに落ち込むなよ。怒っちゃいねぇから

すず:うん、ありがとう!

とわ:おう

すず:(ため息をつく)

とわ:おい

すず:え?

とわ:で、どうしたんだよ?

すず:え?

とわ:さっきからずっと暗い顔してるぞ?

すず:う~ん……

とわ:悩み事か? 俺でよかったら相談に乗るぞ?

すず:……

とわ:自分だけで悩んでるよりかはすっきりするだろ

すず:……とわって、好きな子いる?

とわ:へ?

すず:だから、好きな子いる?

とわ:お、俺? 

すず:そう!

とわ:いや、その、好きっていうか……

すず:(顔とずいっと近づけて)っていうか?

とわ:ちょっ! お、おまっ! ち、近いから!

すず:あ、ごめんなさい。(元の体制に戻り)それで?

とわ:……いる

すず:そうなの?

とわ:あぁ

すず:どんな子?

とわ:どんな子って……(ちらりとすずを見る)

すず:ん?

とわ:言えるか!

すず:えぇ? なんで?

とわ:なんでって……そりゃ……(小声で)本人を目の前にして言えるかっての……

すず:ん?

とわ:だ~、もう! そういうことはホイホイ言わねえもんなんだよ!

すず:そっか、そうなんだ?

とわ:そうだ!

すず:変なこと聞いちゃってごめんなさい……

とわ:べ、別にいいけどよ。それで、どうしたんだよ。急にこんなこと聞いてくるなんて

すず:……あのね、ご主人様が最近元気ないの……

とわ:ご主人様って……あぁ、あの優しそうな女の人か

すず:優しそうじゃなくて、優しいの!

とわ:はいはい

すず:大事なことなの!

とわ:わかったわかった。すずのご主人様大好きは知ってるから。それで?

すず:む~

とわ:それで?

すず:うん……夜になるとずっと泣いているの

とわ:ずっと?

すず:うん、泣いてない時もあるけど、泣いているの

とわ:どういうことだ?

すず:目から涙がこぼれてなくても、心がずっと泣いてるの

とわ:なるほどな

すず:すずはどうしたらいいかな?

とわ:どうしたらって……放っておくしかないんじゃないか?

すず:え?

とわ:だって、人間の問題だろ? 俺たちは人間と言葉も交わせないし、何かをしてやることもできない

すず:でも……

とわ:それに、その人間が本当にどうにかしてほしいって思ってるかなんてわからないしな

すず:え?

とわ:だって、人間は得意だろ? 嘘をつくのが

すず:嘘?

とわ:そう、人間は悲しくなくても涙を流せるし、好きじゃなくても好きなふりが出来る。嘘が得意な動物なんだよ

すず:……

とわ:だから、その人間が本当に何を思っているのかなんて本人以外にはわからないんだ

すず:……

とわ:故に俺たちには何も出来ない。同じ人間ですら本心なんてわからないんだ。ましてや、俺たちなんて……

すず:(静かに遮って)それでも……

とわ:ん?

すず:それでも、すずはご主人様がずっと泣いてるのは嫌なの!

とわ:すず……

すず:嘘でもいい。すずの勘違いだったとしてもいい! ただ、ご主人様が泣いているのだけは嫌なの!

とわ:……どうしてお前が泣いてるんだよ

すず:……

とわ:(ため息)わかったよ

すず:え?

とわ:俺に何が出来るかはわからないけど、すずに協力するよ

すず:とわ!

とわ:本当に何ができるかなんてわからないから、あんまり期待すんなよ

すず:ううん。とわ、ありがとう!


   すず、とわに勢いよく抱き着く。


とわ:おわっ! お、おい、すず! とりあえず、離れろ!

すず:ご、ごめんなさい

とわ:(息をついて)で、お前のご主人様が元気がなくなった原因について、何か心当たりはないのか?

すず:う~ん……

とわ:おいおい、お前がそれじゃなんの協力も出来ないぞ?

すず:待って! 今、思い出してるから!

とわ:おう。なんでもいい。思いつくままにお前の思っていることとか、気になっていることをとりあえず言っていけ

すず:うん。ご主人様の元気がなくなり始めたのは……確か、二週間前!

とわ:二週間前? そのときに何かお前のご主人様の身の回りで変わったことはあったのか?

すず:何もないと思う。いつも通りで、ただ、ご主人様だけが元気が無くなって……あ!

とわ:どうした?

すず:夜に小六(ころく)さんが来たの!

とわ:小六?

すず:うんとね、ご主人様のお家で働いている男の人

とわ:男……

すず:うん! すごく優しくて、あったかい人なの!

とわ:……すずは、そいつが好きなのか?

すず:好き? うん、好きだよ!

とわ:うっ……

すず:とわ?

とわ:いや、いい……続けてくれ……

すず:うん? それでね、小六さんが来て何かご主人様とお話してたの

とわ:……何を?

すず:わからない

とわ:は?

すず:すず、眠くてうとうとしてたから……

とわ:おい……肝心なところがわかんねぇじゃあ……

すず:(遮って)ただ、「今夜で最後です」って言ってたの

とわ:今夜で最後です?

すず:うん。あと、「おめでとうございます、お嬢様。どうか末永くお幸せに」って

とわ:……

すず:……それ以外は覚えてないの

とわ:……そうか……

すず:それで、次の日からご主人様が笑わなくなっちゃったの。もちろん、ちゃんとお顔は笑ってるんだけど、心がずっと泣いてるの……

とわ:なるほどな……

すず:ん? とわ、わかったの?

とわ:……なんとなく、だけど

すず:すごい!

とわ:でも、それだけじゃ確信は持てない。他には何かなかったのか?

すず:他……うんとね……その何日か後にご主人様がすっごく綺麗なお着物を着てた!

とわ:……着物?

すず:うん! すっごく綺麗だったの!

とわ:……

すず:とわ?

とわ:……他に変わったことは?

すず:う~ん……あ! その日からご主人様が自分のお部屋にいることが少なくなったの。後、お部屋にいっぱいお着物とか大きい箱とかが増えた!

とわ:……小六は?

すず:ずっとご主人様のお部屋に来てないよ。いつもすずのご飯とか持ってきてくれて、ご主人様と仲良くお話してるのに……

とわ:……やっぱり、そういうことか……

すず:とわ?

とわ:すず、悪いことは言わない。もう何も考えるな

すず:え?

とわ:何も考えず、今ある時間を楽しめ

すず:ちょ、ちょっと! とわ、どういうこと?

とわ:お前とお前のご主人様に残されている時間はもうそんなにないかもしれないってことだよ

すず:え? なんで!

とわ:すず、お前、『政略結婚』って知ってるか?

すず:『政略結婚』?

とわ:簡単に言ってしまえば、好きでも何でもないやつと結婚させられるってことだよ

すず:なんで!

とわ:なんでって。それは、人間だから

すず:え?

とわ:いいか、すず。人間にはな、それぞれ立場ってものがあるんだ

すず:立場?

とわ:そう。俺たちだとなかなか説明しづらいが、ようはその縄張りの頭って感じのやつだ

すず:う~ん……

とわ:まぁ、深くは考えるな

すず:わかった

とわ:で、お前のご主人様は大きい店の一人娘だ

すず:うん

とわ:店のために『政略結婚』をさせられても仕方ない

すず:そんな! ひどい! なんで!

とわ:それがお前のご主人様の立場だからだよ

すず:……また立場

とわ:それが人間だから。まぁ、でも、その結婚が上手くいく場合だってあるから何とも言えないが……

すず:上手くいく? じゃあ、ご主人様はその『政略結婚』をしたら、また笑ってくれるの?

とわ:……それは、わからない……

すず:なんで?

とわ:だって、お前のご主人様、好きな人がいるんだろ?

すず:好きな人?

とわ:その小六って男だよ

すず:小六さん?

とわ:……お前のご主人様はきっとその小六って男が好きなんだと思う。そして、小六もきっとお前のご主人様が好きなんだと思う

すず:そうなの?

とわ:すずの話を聞いてる分には、俺にはそう思える

すず:(嬉しそうに微笑んで)そっか! それなら、嬉しいな!

とわ:え?

すず:だって、すずは、ずっとあの二人が一緒になってくれたらいいのにって思ってたから! 小六さんといるときのご主人様、すっごく嬉しそうなの。ポカポカした笑顔で、すっごくあったかいの!

とわ:そうか……

すず:じゃあ、やっぱり『政略結婚』じゃなくて、その二人が一緒になれば全部解決するんだ!

とわ:出来ればな…… 

すず:出来ないの?

とわ:……多分

すず:なんで?

夕方の鐘の音が鳴る。

すず:鐘の音だ

とわ:もうそんな時間か

すず:あっ!

とわ:ど、どうした?

すず:急いでお家に帰らなきゃ!

とわ:え?

すず:小六さんと違ってご主人様がご飯を用意してくれる時間が早いの! だから、それまでにお家にいないとすずご主人様に怒られちゃう!

とわ:そうか

すず:とわ、今日はいろいろありがとう! また相談に乗ってね!

とわ:おぅ、気を付けて帰れよ!

すず:うん! またね!


   すず、去っていく。

   その背中を悲しそうに見つめるとわ。


とわ:また、か。きっと、次はないだろうな……猫の俺がこんなことを願うのはおかしいが、願わくば、すずのご主人様が一番いい方法で幸せになれますように



とわ:(M)俺の予感通り、すずが次に相談に来ることはなかった。

   すずが相談に来た日の真夜中。餌を探し求めて歩いていた俺は、見てしまったのだ。一組の男女が橋の上でお互いの手と足を腰ひもで結び。抱き合って水に落ちていくのを……

   その女の顔はとても幸せそうで、嘘偽りなく彼女の心からのものだと分かった

   猫という身でこんなことを祈るのは馬鹿かもしれないが……



とわ:来世こそはこの世で幸せになってくれ、すずのためにも……



―幕―




2020.09.21 ボイコネにて投稿

2023.01.07 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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