花に想いを


【詳細】

比率:男1:女1

大正・ラブストーリー

時間:約20分



【あらすじ】

時は大正。

源川家のご令嬢、千鶴は一人悩みを抱え深いため息をつく。

伝えたいのに伝えられない気持ち。

口にしてはいけない言葉。

花に想いを託したのならば、その想いはあなたへと届くのだろうか。



【登場人物】

千鶴:源川千鶴(みながわ ちづる)

   源川家のお嬢様。

   幼馴染の九郎のことを幼い頃から想っているが、その想いを告げられずにいる。


九郎:(くろう)

   源川家の使用人。

   小さい頃に両親を亡くし、源川家に拾われる。

   千鶴のことが好きだが、身分違い故に想いを伝えられずにいる。




千鶴:貴方のことが好きなのに

九郎:貴女のことが大切だから

千鶴:想いを伝えることは出来なくて

九郎:言葉にすることは出来なくて

千鶴:どうかこの想いを

九郎:僕に代わって

千鶴:私に代わって

九郎:届けてくれないだろうか……




●源川家の庭の東屋・昼

   一人でベンチに腰掛け、一人で読書をする千鶴。


千鶴:(深いため息えをつく)

九郎:お嬢様?

千鶴:っ!

九郎:わっ! す、すみません!

千鶴:い、いえ……ごめんなさい。(一息ついて)どうしたの、九郎さん

九郎:いけません、お嬢様

千鶴:え?

九郎:何度も申し上げておりますが、私はただの使用人です。使用人に敬称など……

千鶴:そんなことを言っても……私と貴方は幼馴染ですもの。今更、上下関係なんて……

九郎:確かに、そうですけれども……幼い時と今とでは状況が……

千鶴:(少し拗ねて遮って)くろちゃん

九郎:っ!

千鶴:敬称がダメなのであれば、そう呼びましょうか?

九郎:お嬢様!

千鶴:(クスリと微笑んで)冗談です。でも、やっぱり急には無理……

九郎:……お嬢様……

千鶴:ねぇ、九郎さん

九郎:……はい

千鶴:今この時だけは、幼い頃に……昔の私たちに戻ることを許してはくれないかしら

九郎:……

千鶴:ダメ? 誰かが来たら、ちゃんとするから。ちゃんと源川家のお嬢様としてふるまうから

九郎:……

千鶴:九郎さん

九郎:(深いため息をつき)もう、本当に今だけですよ?

千鶴:九郎さん!

九郎:人が来たら、絶対に俺のことは使用人として扱う。いい?

千鶴:わかった!

九郎:(小さくため息をついて)……これだから、俺はまだまだだって田中さんに言われるんだろうなぁ……

千鶴:あら、そんなことを言われるの?

九郎:そうだよ。まぁ、俺のことを思って言ってくれてるのはわかってるからいいんだけどさぁ。長い事このお屋敷にいさせてもらっている俺としては、まだまだって言われるのは悔しいわけよ

千鶴:(微笑んで)相変わらずの負けず嫌い

九郎:……なんだよ。悪いかよ?

千鶴:ううん。それが九郎さんの良い所よ

九郎:……

千鶴:九郎さん?

九郎:何でもない。それで?

千鶴:え?

九郎:さっき深いため息をついてたけど? なんかあったのか?

千鶴:……聞こえてた?

九郎:聞こえてた。あんな大きいため息、俺が聞き逃すはずがないだろ

千鶴:……そう、私もまだまだね。源川家の娘としてしっかりしないと……

九郎:(やんわりと遮って)俺だけだよ

千鶴:え?

九郎:俺だけにしかわからねぇよ、千鶴のそんな所。他の人の前ではちゃんと源川のお嬢様してる。だから、自信を持て

千鶴:でも……

九郎:俺は、お前の幼馴染だからな。なんでもわかるんだよ

千鶴:……幼馴染……そうよね……

九郎:千鶴?

千鶴:ううん、なんでもない

九郎:そうか?

千鶴:うん

九郎:で? なんかあったのか?

千鶴:……この間、写真館に行ってきたの

九郎:あぁ、そういえば

千鶴:その写真が出来上がるってことは、私もお姉ちゃんのようになるんだろうなって……

九郎:お姉ちゃんって……従姉の和子様のこと?

千鶴:うん

九郎:そういえば、最近和子様、お屋敷にいらっしゃってないな

千鶴:……

九郎:和子様に何かあったのか?

千鶴:……結婚、するんだって

九郎:え? 誰と?

千鶴:お見合いで決まった方と

九郎:……そ、そうか……お見合いか……

千鶴:ねぇ、九郎さん

九郎:ん?

千鶴:私はまだ源川の娘でいたい。この屋敷にいたい

九郎:……千鶴……

千鶴:でも、きっとそれは許してもらえないってわかってる。だって、私は源川の娘だから

九郎:……

千鶴:写真が出来上がる頃には、きっと私にも縁談が持ち上がる。お姉ちゃんのように……知らない方と……

九郎:……

千鶴:ねぇ、九郎さん?

九郎:なんだ?

千鶴:例えば……例えばの話よ?

九郎:あぁ

千鶴:……九郎さんは、源川の娘でなくなった私に価値はあるって思う?

九郎:……千鶴は、源川家のお嬢様だ。今も昔も、それはどうやっても変わらない。俺がお仕えしている大切なお嬢様だ

千鶴:(寂しそうに微笑み)……そうよね……私は、源川の娘よね……

九郎:千鶴! でも、俺はっ……

千鶴:(遮って)九郎さん、ありがとう

九郎:え?

千鶴:私のあるべき道が分かりました。貴方に感謝いたします

九郎:ち、千鶴?

千鶴:ごめんなさい、もう時間だわ。私、お母様に呼ばれている時間だからもう行きますね

九郎:あ、あぁ……

千鶴:九郎さん

九郎:なんだ?

千鶴:……最後にこれを……


   千鶴、本からしおりを取り出し九郎に渡す。


九郎:これ、お前がいつも使っていたしおり

千鶴:えぇ、桔梗の押し花のしおり。桔梗は私が一番好きな花なんです

九郎:なんで、俺にこれを?

千鶴:……ずっと貴方に渡したかった

九郎:え?

千鶴:でも、ずっと渡せなかった。

九郎:なら、どうして……

千鶴:私なりのけじめです

九郎:けじめ?

千鶴:……九郎

九郎:っ!

千鶴:今までありがとう

九郎:千鶴!


   千鶴、軽く会釈をしてその場を立ち去る。


九郎:……なんなんだよ。(手元を見て)桔梗のしおり……俺は、期待しても……希望を持ってもいいのか?


   九郎、ズボンのポケットから一通の手紙を取り出す。


九郎:しがらみだらけの人生への招待状。こんな招待、受けるつもりなんてさらさらなかったけど……あいつのために必要なら……




●源川家・千鶴の自室・夜

   机の上のランプに灯りをともし、勉強をしている千鶴。

   ドアがノックされる。


千鶴:っ!

   

   サッとノートを隠し、ドアを開ける。


千鶴:は~い、今開けます


   千鶴、ドアを開けるとにゅっと手が伸びて来て口をふさがれる。


千鶴:っ!

九郎:しっ! 俺だ

千鶴:九郎……さん?


   九郎、静かにドアを閉める。


九郎:(一息ついて)誰にも気づかれなくてよかった……

千鶴:九郎さん、どうしてこんな時間に?

九郎:どうしても、お前に伝えたくて

千鶴:伝えたい?

九郎:わかってんだろ?

千鶴:え?

九郎:……お前、言い逃げする気かよ?

千鶴:っ!

九郎:そんなの俺が許さない

千鶴:な、なんの……

九郎:しらばっくれるな


   九郎、目をそらそうとする千鶴の腕を強く掴む。


九郎:桔梗の花の意味、俺が知らないとでも?

千鶴:っ!

九郎:お前、本気なのか?

千鶴:……どういう意味?

九郎;本気で俺のこと想ってくれてるのかってことだよ

千鶴:……あたりまえじゃない……

九郎:え?

千鶴:本気じゃなかったら、あげられないよ!

九郎:千鶴……

千鶴:……なんで……

九郎:え?

千鶴:なんで気付いちゃうの……

九郎:なんでって……

千鶴:気が付かなければ、今まで通りだったのに……私だけが……

九郎:は? お前だけ?

千鶴:そうだよ! 九郎さんが気が付かなければ、この想いは私だけの中に秘めておけたのに……

九郎:だから、それが言い逃げだって言ってるんだよ!

千鶴:逃げさせてよ!

九郎:……千鶴……

千鶴:逃げさせてよ! 貴方にとって私は源川家のお嬢様でしかないのでしょう? なら、それでいい。答えなんていらない。貴方のことを思ったまま、この先の人生を歩ませてよ

九郎:……

千鶴:私は源川家の娘。この先、好きな人と結ばれることはない。お家の為だけに結婚をして子をなす。それが私の役割だってわかってる。でも、どうしようもないの!

九郎:千鶴……

千鶴:心は貴方のことしか思えない。九郎さん、貴方だけなの……

九郎:……っ……


   九郎、千鶴を力強く抱きしめる。


九郎:俺もだ

千鶴:……え……

九郎:俺も、ずっとお前のことを思っていた。幼い時からずっと

千鶴:……うそ……

九郎:嘘でこんなことが言えるか

千鶴:……だって……

九郎:なぁ、千鶴……

千鶴:……なに?

九郎:少しだけ待っていてくれないか?

千鶴:え?

九郎:今はきっとなんのことかわかないと思う。でも、少しだけ俺に時間をくれ。絶対未来を変えてみせるから

千鶴:未来を、変える?

九郎:あぁ。絶対に、お前のことを俺の妻にする

千鶴:……そんなこと……

九郎:する

千鶴:九郎さん……

九郎:俺は自分がすると言ったことは絶対にする男だ。それはお前が誰よりも知っているだろ?

千鶴:……はい……

九郎:だから、待っていてくれ

千鶴:……わかりました……

九郎:千鶴

千鶴:九郎さんを信じて、お待ちします

九郎:……あぁ……それから……

千鶴:はい

九郎:今。ここで誓いの口づけをしてもいいか?

千鶴:え?

九郎:外国では、生涯を誓い合うとき、そうするらしい

千鶴:……女学校で聞いたことがあります……

九郎:本当なら今ここで千鶴の全てを俺のものにしてしまいたいが、それはしない

千鶴:……はい

九郎:だから、誓いを。証を立てさせてほしい。千鶴は俺のもので、俺は千鶴のものなのだと

千鶴:……はい……

九郎:目を

千鶴:はい

九郎:……千鶴

千鶴:……九郎様……


   九郎、千鶴に優しくキスを贈る。


千鶴:(M)その翌日。九郎様は我がお屋敷から姿を消しました

   誰に聞いても、彼の行方は分からず……

   ただ、使用人頭の田中さんからは、彼からの預かりものだと、一枝の花を渡されました

   淡い桃色の花を



千鶴:(M)九郎様がこの屋敷を去ってから数か月が過ぎました

   もう、誰も彼のことを案ずる人も居なくなり、彼がいないのに、彼がいたときと変わらない時間が流れています。まるで最初から彼なんかいなかったかのように。

   そして、今日、私は、とある方とお会いする

   自分の意思では無く、源川の家のために

   お相手は、南大路家ご当主のお孫様。ずっと行方不明だったそうだが、先日見つかったとか

   南大路家は父の取引先の方。であれば、お会いする理由は言わずもがな

   遅かれ早かれ、こんな日が来ることは分かっていました。覚悟もしていた

   でも、いざこうなると、怖い……

   九郎様、私は、貴方を愛しております




●源川家・応接間・昼

   よそ行きの洋服を着てソファに座る千鶴。

   ドアをノックする音。


千鶴:はい


   ドアが開く。


千鶴:(開かれる扉に向かって深々と頭を下げる)お待ちしておりました。南大路様。この度は……

九郎:(廊下の使用人に向かって)ありがとう

千鶴:……え?

九郎:(廊下の使用人に向かって)ここまでで。後は二人で話したい


   ドアが閉まる。


千鶴:……

九郎:顔を上げてはくれないか?

千鶴:……

九郎:千鶴

千鶴:っ!


   千鶴、バッと顔を上げる。そこには、見慣れた人物がいた。


九郎:やっと、顔を見られた

千鶴:……っ……

九郎:千鶴、俺だよ

千鶴:く……ろう……さ……ま……


   九郎、涙を流す千鶴をそっと抱きしめる。


九郎:ごめん。やっぱり泣かせてしまった……

千鶴:……九郎様……

九郎:(苦笑して)泣かせたくはなかったんだけどな……

千鶴:どうして、ここに? 今日は、南大路様がいらっしゃるはずなのに……それに、今までどこにいたの? 

九郎:千鶴、落ち着いて。ちゃんと説明するから

千鶴:う、うん……

九郎:まずは、ごめん

千鶴:え?

九郎:あの日、急にお前の前からいなくなって

千鶴:っ! そうだよ! 私、凄く心配して!

九郎:……うん、ごめん。本当ならちゃんと説明するべきだったって思う。でも、あの時の俺は焦ってたんだ

千鶴:焦る?

九郎:千鶴が誰かのものになってしまう前にって

千鶴:……九郎様……

九郎:実はあの時、俺には祖父からの手紙が来ていたんだ

千鶴:祖父?

九郎:そう、南大路秀臣からのね

千鶴:……え?

九郎:俺に両親はいないって話、小さい時にしたことあっただろ。だから拾われて、ここの屋敷でお世話になっていたってことも

千鶴:うん……

九郎:俺の父親は南大路の家の人間だったらしい。当時、母との結婚を許してもらえず駆け落ちしたんだってさ。で、祖父はそろそろ許そうと思って俺の両親を捜していた。そして、そこで両親の死と俺の存在を知った

千鶴:それで……

九郎:そう。でも、俺は南大路の家に行くつもりはなかった。理由はあるにしても両親を追い出した家だ。そんなものに縛られたくはない

千鶴:……

九郎:それになにより、お前と離れたくなかった

千鶴:……

九郎:でも、この想いが通じるなんてこともあるわけがないと思ってた。そもそも身分違いの恋だ。叶えちゃいけない恋だ。だから、出来るだけ幼馴染としてお前の傍にいて。お前がどこかの家に嫁ぐまでお前のことを自分の手で守れればそれでいいと

千鶴:っ! そんな!

九郎:(優しく微笑んで)まさかだったよ。お前も俺のことを想っていてくれた。ならば、俺には南大路の力が必要だ。お前を幸せにするために。だからあの後、南大路の家に入り、正式な手続きを踏んで、今日ここに来た

千鶴:……九郎……様……

九郎:千鶴

千鶴:はい

九郎:俺はまだ南大路の人間になって日が浅い。これから学ばなければならないことも、やらなければならないことも山ほどある

千鶴:はい

九郎:忙しくてお前に寂しい思いをさせることもあるだろう。俺が至らないばかりにお前に恥をかかせることもあると思う。それでも、俺と共にいてほしい。俺の隣で、俺を見ていてほしいんだ

千鶴:……もちろんです

九郎:千鶴……

千鶴:誓いを立てたあの日から。いえ、それよりもずっと前から……私の心は九郎様のものです

九郎:……千鶴

千鶴:あの日、九郎様からいただいたお花。あれは私の台詞です

九郎:ちゃんと届いていたんだ……

千鶴:えぇ、ちゃんと私の手元に届きました。もう枝はありませんが、お花は押し花にして手元に

九郎:……なんだか、恥ずかしいな……

千鶴:(優しく微笑んで)私の大切な宝物です

九郎:……千鶴

千鶴:はい

九郎:愛している

千鶴:私も、愛しております


   二人、そっとキスをする。




九郎:大切すぎて伝えられなかったこの想い

千鶴:臆病だから遠回りしてしまったこの想い

九郎:結ばれた糸は

千鶴:ほどけることはなく

九郎:永遠に

千鶴:共にあることを



―幕―





2023.02.26 ボイコネにて投稿

2023.06.08 加筆修正・HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:chao様、くろろこ様

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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