カゴノナカノキミ【オリス】


【詳細】*こちらのシナリオには殺人のシーンがございます。ご注意ください

比率:男3

近未来・SF・ラブストーリー

時間:約35~40分


【あらすじ】

街の外れにある少し古びた建物。そこがクラウスの研究所だった。

もともと研究熱心だった彼だが、ある日を境に家にも帰らず研究所に入り浸るようになった。

心配したオリスは何度もそこを訪ねるのだが……


*こちらのシナリオは少々暗いお話となっております。苦手な方はご注意ください。

 また、少しだけ男性同士の恋愛要素も組み込まれておりますので苦手な方はご注意ください

 男性1:女性2の『カゴノナカノキミ』はこちらから。



【登場人物】

クラウス:ある日を境に研究所に入り浸るようになった青年。

 

 オリス:クラウスの幼馴染の男性。クラウスよりも少し年上。


 ノイン:クラウスが作った男性の生命体。



●クラウスの研究所・応接室

   ソファーに座るクラウス。その傍に立つノイン。


クラウス:ノイン、こちらへ

 ノイン:はい、マスター

 

   ノイン、クラウスの元へと近寄る。


クラウス:顔を良く見せて

 ノイン:はい、マスター

クラウス:うん、今日も顔色がいい。体調は? 身体に違和感はある?

 ノイン:いいえ、ありません

クラウス:そうか。それは良かった


   ドアが勢いよく開く。


 オリス:クラウス!

クラウス:オリス、どうしたんだい?

 オリス:よかった。ちゃんとここに居たんだな

クラウス:オリス、どうしたんだい? そんなに慌てて

 オリス:慌てもするさ。お前、何日家に帰っていない? おばさんが心配していたぞ

クラウス:母さんか。別に心配する事でもないよ。僕は僕の仕事をしているだけだ

 オリス:心配するだろう。おばさんにとっては唯一の家族なんだ

クラウス:兵役にも行けない軟弱者なのに?

 オリス:そんなこと関係ない。子を愛さない親なんていないだろう?

クラウス:……

 オリス:そんな大切な息子が誰一人としてここに来ることを許さず、機械人形とずっと一緒にいるだなんて

クラウス:オリス

 オリス:ん?

クラウス:ノインのことを機械人形だなんて言わないでくれ。ノインは僕の最高傑作なんだ

 オリス:クラウス……

クラウス:やっとここまで人間に近い存在を、ヒューマノイドを作ることが出来た。ノインは機械人形なんかじゃないんだよ

 ノイン:マスター

クラウス:ノイン、心配しないで。君は僕にとって何よりも大切な存在だよ

 オリス:クラウス

クラウス:どうしたのオリス?

 オリス:一つ警告しておこう

クラウス:警告?

 オリス:昔馴染みの兄からの助言とでも思ってくれ

クラウス:うん

 オリス:一日中研究所にこもったりするのはやめた方がいい

     陽の光を浴びなくては健康を害してしまう

     そして、人と交流するんだ。孤立してしまっては今後生き辛くなってしまう

クラウス:……

 オリス:難しい事じゃない。少しずつでいいんだ。昔は出来ていたことだろう?

クラウス:……昔……

 オリス:俺が国境に行っている間、何か辛い事があったのかもしれないが……慌てずに一緒に頑張ろう

クラウス:……

 ノイン:マスター

クラウス:ノイン……

 ノイン:オリス様

 オリス:なんだ?

 ノイン:これ以上私のマスターを傷つけるのはやめてください

 オリス:傷つける?

 ノイン:これ以上は私が許しません

 オリス:なんのことだ?

 ノイン:マスターは私の大切な人です

クラウス:ノイン……

 ノイン:マスター

 オリス:……っ……


   オリス、無言でドアを開ける。


クラウス:オリス、どこに?

 オリス:今日は帰るよ。どうやら俺も少し考えないといけないようだ

クラウス:考える?

 オリス:じゃあ、またな


   ドアが閉まる。


クラウス:オリス、どうしたんだろう……

 ノイン:マスター、申し訳ございません

クラウス:どうしてノインが謝るんだい?

 ノイン:オリス様が帰られてしまった。これはおそらく私のせいですよね?

クラウス:そんなことないよ

 ノイン:ならばなぜオリス様は帰られたのでしょうか

     オリス様の目的はマスターをご自宅へと連れ帰ること。その目的が達成されていないのに

クラウス:きっと僕の研究のことを認めてくれたんだよ

 ノイン:そうでしょうか?

クラウス:きっとそうだよ。ねぇ、ノイン

 ノイン:はい、マスター

クラウス:こっちに来て

 ノイン:はい

クラウス:ノイン、いつもみたいに抱きしめて

 ノイン:はい、マスター


   ノイン、クラウスを抱きしめる。


クラウス:……ノイン、君はいい子だ

 ノイン:マスター?

クラウス:今、君は君の意思で発言し、行動しているんだよね?

 ノイン:はい、マスター

クラウス:あぁ、やっぱり君は僕の最高傑作だよ。これで、僕の夢がまた一歩現実に近づいた

 ノイン:……

クラウス:これで彼を『本当のオリス』にしてあげられる

 ノイン:……マスター

クラウス:なんだい? ノイン

 ノイン:……いえ、なんでもありません。私もマスターのお役に立てること嬉しく思います

クラウス:ノイン! ありがとう。君は僕の大切な子だよ

 ノイン:……




●クラウスの研究所・数日後

   応接室を掃除するノイン。クラウスは奥の仮眠室で寝ている。


 ノイン:床の掃除、問題なし。椅子の位置、問題なし。窓の曇り、なし


   ドアがノックされる。

 

 ノイン:はい


   ドアが開き、オリスが入って来る。


 ノイン:オリス様、いらっしゃいませ

 オリス:君は……

 ノイン:ノインでございます

 オリス:……ノイン、クラウスはどこだい?

 ノイン:マスターは奥の仮眠室で睡眠をとられています

 オリス:そうか

 ノイン:人間には必要なことですから、当然です

 オリス:ノイン

 ノイン:なんでしょうか?

 オリス:君にお願いがあるんだ

 ノイン:私に?

 オリス:あぁ。単刀直入に言おう。クラウスを、あいつを家に帰してほしい

 ノイン:はい?

 オリス:君なんだろう? ここにあいつを引きとどめている理由は

 ノイン:いえ、私のせいではありません。マスターはマスターのご意志でここにいらっしゃいます

 オリス:君のような人に造られた存在にこんなことを解いてもわからないかもしれないが、クラウスのお袋さんにとってあいつは唯一の家族なんだ。親父さんも早くに戦争で死んでしまった。身体が弱いあいつを女手一つで育てたんだ

 ノイン:……

 オリス:機械人形の君には家族という概念はわからないかもしれないが……

 ノイン:(遮って)私は人形ではありません。ノインです

 オリス:ノイン……君はどんなに精巧に出来たものであっても機械人形。人工物なんだ

 ノイン:違います

 オリス:ノイン

 ノイン:私は貴方とは違います

 オリス:え? そりゃそうだろ

     確かに、先の兵役での傷のせいでフランケンのように見えても俺は血の通った人間だ。君とは違う

 ノイン:……可哀想ですね

 オリス:え?

 ノイン:知らないと言うのは罪だと書物に書いてありましたが……本当のことなのですね

 オリス:それはどういう……

 ノイン:(遮って)一年前

 オリス:え?

 ノイン:一年前、貴方は国境から帰ってきた。大怪我を負って

 オリス:あ、あぁ

 ノイン:その時の記憶。貴方にありますか?

 オリス:一年前……

 ノイン:思い出せませんか?

 オリス:……

 ノイン:(ため息をつき小さく)その程度ですか……

 オリス:え?

 ノイン:オリス様、お帰りください

 オリス:ノイン?

 ノイン:その程度の方に我がマスターを案ずる資格なんてありません

 オリス:ノイン、俺は……

 ノイン:(大きな声で)お帰りください!

 

  間


 オリス:……わかった。また、出直すよ……


   オリス、静かにドアを閉め帰る。


 ノイン:……本当に知らないとは罪ですね。私はあんな人のために……でも……


   仮眠室のドアが開き、クラウスが出て来る。


クラウス:……ノイン? どうしたの?

 ノイン:マスター

クラウス:あれ、この匂い……ノイン、オリスが来たの?

 ノイン:匂い?

クラウス:そう。微かだけど僕がオリスに送った香水の香りがする……

 ノイン:……はい、いらっしゃいました……

クラウス:だったら起こしてくれたらよかったのに

 ノイン:マスターを起こすのはオリス様の本意ではなかったようでしたので

クラウス:(嬉しそうに微笑んで)オリスは変わらないな

 ノイン:……

クラウス:やっぱり、僕には彼がいなくちゃダメなんだ

 ノイン:……

クラウス:ノイン

 ノイン:はい、マスター

クラウス:僕が寝そうになったら起こしてくれ。早くオリスのために完成させなくちゃ

 ノイン:承知いたしました、マスター

クラウス:じゃあ、僕はさっそく研究に戻る。何かあったら教えてくれ

 ノイン:はい


   クラウス、応接室を出ていく。


 ノイン:……ただのヒューマノイドのくせに……




●クラウスの研究所・研究室・夜

   デスクに向かうクラウス。

   デスクの近くには人間が入れるくらいの大きな試験管のようなものがいくつもある。

   中は見えない。

   ドアがノックされ、返事を待たずにノインが入って来る。


 ノイン:マスター

クラウス:(データから顔を上げ)ノイン、どうしたんだい?

 ノイン:そろそろ休まれてはいかがですか?

クラウス:ノイン、昼間も言っただろう。僕はオリスのために一刻も早く研究を完成させたいんだ

 ノイン:……そんなにオリス様が大切ですか?

クラウス:もちろん

 ノイン:私よりも?

クラウス:ノイン?


   ノイン、クラウスの近くにより服を脱ぐ。


クラウス:ノイン! 何を……

 ノイン:(遮って)マスター、私をよく見てください

クラウス:っ! ノイン、服を着て!

 ノイン:マスター

クラウス:ノイン!

 ノイン:クラウス

クラウス:っ! ノ……イン……?

 ノイン:私を見て。貴方が作ってくれた身体。傷一つ無い綺麗な身体です

クラウス:……

 ノイン:何が足りませんか? たくましい筋肉ですか? それともあの数々の傷跡ですか?

クラウス:傷……

 ノイン:こんなにも近くにいるんですよ。あんなまがい物よりも本物に近いものがここにある。今だって、こうやって……


   ノイン、クラウスを抱きしめる。


 ノイン:貴方を抱きしめることだって出来る

クラウス:ノイン

 ノイン:クラウス

クラウス:(低く)……身の程をわきまえろ

 ノイン:っ!

クラウス:君は僕の最高傑作だ。己の意思を持つ子なんて初めて出来たからね

     でも、だからと言って彼を貶めていい理由にはならない

     君は彼を完璧なものにするための通過点でしかないんだよ

 ノイン:……クラウス……

クラウス:僕の名前を呼ぶことを許可した覚えはないよ

     嫉妬は実に人間らしい感情だけど、度を越せば身を亡ぼすことを覚えておけ

     二度はない

 ノイン:……はい、マスター……

 クラウス:よろしい

 ノイン:……マスター、どちらへ?

クラウス:少し外の空気を吸いに行って来る


   クラウス、研究室から出ていく。静かに閉まるドア。


 ノイン:……私は、あいつのための通過点……あの男の……どうしたらマスターは私を……

     そうか、あの男がいなくなれば、マスターは私を見てくれる

     オリジナルじゃなくても、あの人が消えればあの人のデータは私の中にしかなくなる……

     でも……いや、迷う必要なんてない

     愚か者には死を。我が主に救いと安寧を




●数日後・クラウスの研究所・玄関・昼

   オリスがいつものように門を開け入って来る。


 オリス:どうしたものか……

 ノイン:オリス様

 オリス:っ! 君は……ノイン。驚かせないでくれ

 ノイン:失礼いたしました

 オリス:いや、俺の方こそすまん。まだまだ鍛錬が足りないな。この前まで兵としての国境に駐在していたのにな

 ノイン:……

 オリス:そうだ、クラウスは今どこに?

 ノイン:マスターはまだお休み中です。昨夜も遅くまで研究室に籠っておられましたから

 オリス:(苦笑して)まったく……夢中になるとすぐに時間忘れてしまう。今日だってあいつの方から呼び出したくせに…

 ノイン:(遮って)オリス様

 オリス:なんだ?

 ノイン:ゆっくりとお茶などいかがですか?

 オリス:え?

 ノイン:オリス様はまだあまりここをご存じない

     マスターが生活していらっしゃる所がどんな環境か知っていただくのにいい機会かと思いまして

 オリス:なるほど、確かに。俺はここのことを何も知らないからな

 ノイン:……

 オリス:では、お邪魔させていただこう

 ノイン:もちろんです。では、こちらへ




●クラウスの研究所・応接室

   部屋の中央のテーブルには資料が散乱している。


 ノイン:どうぞ

 オリス:どうも。ん? これは……

 ノイン:マスターの研究の資料です。ご覧になられますか?

 オリス:いいのか?

 ノイン:オリス様にでしたらかまいません。どうぞ


   オリス、手元の資料を見る。

 

 オリス:う~ん……やっぱり俺にはこの手のことはさっぱりだな

 ノイン:そうですか

 オリス:あぁ。身体を使うことは得意なんだが……

 ノイン:では、ここは?

 オリス:ここ?

 ノイン:これに覚えはありませんか?

 オリス:損傷個所、両腕と左脚の消失。臓器にも数か所の損傷あり。意識なし。脳は正常……なんだこれは?

 ノイン:その状態に覚えは?

 オリス:覚え? いや、ないな……

 ノイン:本当に?

 オリス:あぁ。見た感じ何かの機械の故障の具合か? 人間だったら確実に死んでいるレベルだな

 ノイン:こんな人間はいませんか?

 オリス:あぁ、こんなの、戦場でも滅多に……っ……

 ノイン:どうしました?

 オリス:……頭が……痛い……急に、なんだ?

 ノイン:なるほど、記憶再生防止機能ですか

 オリス:……っ……ノイン?

 ノイン:マスターは何も知らないまっさらなこの人との日常の再開を望むのですね……

 オリス:ノイン?

 ノイン:(小さく)そんなの私が認めない。オリス様、思い出して下さい

 オリス:え?

 ノイン:一年前、貴方に何がありましたか?

 オリス:一年前? っ!

 ノイン:一年前、貴方はどこに居ましたか?

 オリス:俺は……っ! 頭が……割れそう……だ……

 ノイン:(ため息をつき)やはり、マスターの技術は素晴らしい。こんなにもセキュリティが固いなんて

 オリス:ノ……イン……

 ノイン:苦しいですか、オリス様。でも、ここで大きな声を出されては困ります。ほら、あそこに見えるドア

     あれはマスターの仮眠室へとつながっています。やっと睡眠に入られたマスターを起こすのは嫌ですよね

 オリス:……あ、あぁ……

 ノイン:では、こちらのお部屋へ

 オリス:部屋?

 ノイン:特別なお部屋です。きっと、貴方の安らぎとなりますよ

 オリス:……わかった……行こう……

 ノイン:えぇ




●クラウスの研究所・研究室

   薄暗い研究室。ゆっくりとドアが開く。

 ノイン:どうぞ、お入りください

 オリス:ここは?

 ノイン:クラウスの研究室です

 オリス:研究室……暗くて何があるのかわからないな。俺が入っても良かったのか?

 ノイン:えぇ、かまいません。それよりオリス様、頭痛は収まりました?

 オリス:あぁ、少し。急なことでびっくりしたよ

 ノイン:あれは拒絶反応なんです

 オリス:拒絶反応?

 ノイン:クラウスが貴方にかけた記憶再生防止機能。何かの拍子にあの一年前のことを思いだされては困りますからね

 オリス:一年前……さっきからずっと気にしているな

 ノイン:一年前のある日、軍の病院に一人男が運び込まれた

 オリス:軍の?

 ノイン:本当に覚えていませんか? 暗闇、土の匂い、爆薬の匂い、衝撃、足元、踏み抜く

 オリス:踏みぬ……うっ……

 ノイン:運がよかったと聞きました

     その男の隣を歩いていた人間は全てが消し飛んだと。 男は幸運にも一命はとりとめた

 オリス:……やめ……て……くれ……

 ノイン:両腕と片足を失い、元の彼とは似ても似つかない姿で

 オリス:……やめろ……

 ノイン:仲間を犠牲にして生き残ったのに?

 オリス:やめてくれ!

 ノイン:……

 オリス:(荒く呼吸をする)

 ノイン:貴方は本来ならばあの時消えるはずだったんです

 オリス:……君は何を知っているんだ?

 ノイン:私は人形ではありません

 オリス:え?

 ノイン:私は人形ではありません

 オリス:君はヒューマノイドだろ? クラウスが造った……

 ノイン:(遮って)違います!

 オリス:ノイン……

 ノイン:何故、貴方なのですか……貴方のような人じゃなければ、ちゃんと憎めたのに……

 オリス:え?

 ノイン:思い出してください。一年前、貴方はどんな姿で故郷に帰ってきたのですか?

 オリス:俺は……っ!

 ノイン:……本当にクラウスの技術は凄い

     でも、これじゃ話が進まない……私が答えを教えてあげます

 オリス:……っ……

 ノイン:あの日、貴方は国境から両腕と片脚、そして意識を失いこの地まで運ばれてきた

 オリス:……え?

 ノイン:覚えていませんか? 身体への衝撃、見ていた景色、喪失感

 オリス:……そんな……

 ノイン:貴方が何故そんな瀕死の状態になったのかはわからない

     唯一その時のことを知っているであろう一緒に居た兵は即死だったそうです

 オリス:あ……

 ノイン:貴方の足元で起こった爆発は貴方自身のせいなのか、それとも一緒にいた兵が原因なのか

 オリス:あぁっ……嘘だ!

 ノイン:嘘?

 オリス:あいつが死んだなんて嘘だ。俺は国境警備の任期を終えてここに帰ってきた! 俺は誰も死なせていないし、見捨てていない!

 ノイン:では、今起きている頭痛はどう説明します?

     私の言うことが嘘だと言うのであれば、何故今貴方は原因不明の頭痛に襲われているのでしょうか?

 オリス:……

 ノイン:一年前の事だって思い出せないのでしょう?

     それ以前のことは容易に思い出せるのに。一年前の記憶だけがない

 オリス:じゃあ、今ここに居る俺は何だ?

     それが事実であったとして、何故今の俺には両腕も歩ける足もある?

     まさか幽霊だとでも……

 ノイン:(遮って)亡霊です

 オリス:は?

 ノイン:強いていうならば、貴方は亡霊。でも、それも正確ではない

 オリス:それならっ!

 ノイン:貴方は人形。私にすら勝てない出来損ないのヒューマノイド

     私が憎くて仕方のない、オリジナルの脳を持ったね

 オリス:……は?


   研究室のドアが勢いよく開く。


クラウス:ノイン! オリス!

 オリス:クラウス! お前、手から血が!

クラウス:……心配するな……

 ノイン:……花瓶の破片で手を切って睡魔に打ち勝ちましたか。己を傷つけてまで抗うのですね……

クラウス:あぁ、当たり前だ!

 ノイン:……そんなにこの人が大切ですか……

クラウス:当然だ! オリスは僕の大切な人だ!

 オリス:……クラウス……

 ノイン:っ!

     ……ならば、その大切な人に隠し事をするのはいけないことですよね? マスター?


  ノイン、研究室の電気のスイッチを付ける。


クラウス:ノイン!

 オリス:ま、眩しい……急に、明るく……なんだ……これ……

クラウス:オリス! 見ないでくれ!

 オリス:……大きい試験管に……人が……浮いてる?

 ノイン:ホムンクルス

 オリス:ホムン……クルス……?

 ノイン:人が造った生命体です。ヒューマノイドなんかよりもはるかに人間に近しい存在

 オリス:それが、なぜ……

 ノイン:そこに並んでいる十個の試験管の一つ、空いているのがわかりますか?

クラウス:ノイン!

 ノイン:ホムンクルスは本来、特殊な培養液の中でしか生きることができない

     どんなにヒューマノイドよりも人間に近い存在を作れたところで、その培養液から外に出られる個体を作り出すのは難しい

 オリス:……

 ノイン:私の名前はノイン。私はその例外にして最高傑作

 オリス:……

 ノイン:ねぇ、オリス。その試験管に眠る子たちの顔に見覚えはないですか?

 オリス:……見覚え?

 ノイン:ほら、近くでよく見て

クラウス:オリス! 見ないでくれ!


   オリス、試験管の一つに近づく。


 オリス:これがどうしたってい……うん……だ……

 ノイン:見覚えは、ありませんか?

クラウス:見るな!

 オリス:……これは、俺……?

 ノイン:そう、よく似ているでしょう? それらは全部貴方を基に作られた子たち

 オリス:……

 ノイン:クラウスが貴方のために作った新しい身体

 オリス:嘘だ……

クラウス:オリス……

 オリス:クラウス、これは何かの間違いだよな……?

 ノイン:間違いじゃありませんよ。ねぇ? マスター?

クラウス:……

 オリス:なぁ、クラウス!

 ノイン:そんなに信じられないのなら、証明してあげましょう


   ノイン、オリスに近づきナイフでオリスの腕を切る。


 オリス:あぁぁぁぁ!

クラウス:オリス!

 オリス:っ!

 ノイン:痛覚まで装備してあったんですね、クラウス

クラウス:ノイン!

 ノイン:オリス、ナイフで切られたところは痛いですか?

 オリス:ノイン! お前!

 ノイン:痛いですか?

 オリス:っ! 近づくな!

 ノイン:ねぇ、よく見てください

     貴方の傷からは血なんて零れていない。痛いなんて感覚はプログラムに過ぎない

 オリス:(腕を見て)え……血が……出ていない……だと……

クラウス:オリス!

 オリス:何故……

 ノイン:よく見て? 傷の先に何が見えますか?

 オリス:傷の先?

 ノイン:そう、その奥

 オリス:……ひかる……もの……

 クラウス:やめろ!

 オリス:……金属……あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!

クラウス:オリス!

 ノイン:ほら、言った通りでしょう? 貴方はヒューマノイド。ただの人形

 オリス:……人形……

クラウス:オリス、違うんだ!

 ノイン:何が違うのですか、クラウス?

クラウス:黙れノイン!

 オリス:俺は……死んだのか……仲間を見殺しにして……

 ノイン:そう、あの日、貴方の身体は多くを失った

     クラウスは貴方の脳だけをヒューマノイドに移植した

     いつか完璧な貴方の肉体を手に入れて、そこに戻すために

 オリス:あぁ……俺は……仲間を……

 ノイン:っ! 貴方はそんなことを気に留めるのですか!

     もっと気付くべきものがあるでしょう!

クラウス:……ノイン……

 ノイン:クラウス。やっぱり彼はダメです。貴方の心に全然気がついていない。オリジナルの癖に!

 オリス:……

 ノイン:だか……ら……え? 生暖かい……これは……血?

クラウス:……

 ノイン:血? 何故? クラウス! 何故私を刺したのです! この身体は大切な……

クラウス:(遮って)前に言ったはずだ。僕の名前を呼ぶことを許可した覚えはないって

 ノイン:あっ……

クラウス:失敗作は処分しないとね

 ノイン:……あ、あ……マスター、ごめんなさい……

クラウス:君は一番触れてはいけないものに触れたんだ……

 ノイン:あぁ……

クラウス:さようなら、ノイン。九番目の試作品


   クラウス、ノインにナイフを突き立てる。


クラウス:オリス!


   クラウス、オリスの元に駆け寄り彼の身体を抱きしめる。


 オリス:……

クラウス:オリス、大丈夫だよ。ゆっくり、呼吸をして

 オリス:俺は……仲間を……

クラウス:オリス。大丈夫だよ、僕が助けてあげる

 オリス:……

クラウス:少しだけ眠ってて。またすぐに起こしてあげるから

 オリス:(機械的に)維持システム、変更します。休眠モード

クラウス:眠ったね。死んだ男のことなんかで気に病む必要なんてないのに……やっぱりオリスは優しいな

     ねぇ、オリス。もう少し待ってて。僕が君の身体を、人生を取り戻すから

     そうしたら、今度こそ君に伝えるね。僕の傍に居てほしいって。ずっとずっと……

     (嬉しそうに微笑んで)そうだ、オリスの身体が完成したら僕の身体も作って永遠に二人で生き続けるって言うのもいいね

      幸せだろうなぁ。ねぇ、僕のオリス




―幕―





2024.01.11 HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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