【詳細】*こちらのシナリオには殺人のシーンがございます。ご注意ください
比率:女3
近未来・SF・ラブストーリー
時間:約40分
【あらすじ】
街の外れにある少し古びた建物。そこがウィルマの研究所だった。
もともと研究熱心だった彼女だが、ある日を境に昼夜問わず研究室に入り浸るようになった。
同じ敷地内にある小さな家で暮らす義妹のアデリアは彼女のことを心配するのだが……
*こちらのシナリオは少々暗いお話となっております。苦手な方はご注意ください。
また、少しだけ女性同士の恋愛要素も組み込まれておりますの苦手な方はご注意ください
【登場人物】
ウィルマ:ある日を境に研究所に入り浸るようになった女性。
アデリア:ウィルマの腹違いの妹。
ノイン:ウィルマが作った女性の生命体。
●ウィルマの研究所・応接室
ソファーに座るウィルマ。その傍に立つノイン。
ウィルマ:ノイン、こちらへ
ノイン:はい、マスター
ノイン、ウィルマの元へと近寄る。
ウィルマ:顔を良く見せて
ノイン:はい、マスター
ウィルマ:うん、今日も顔色がいいわね。体調は? 身体に違和感はある?
ノイン:いいえ、ありません
ウィルマ:そう。それは良かった
ドアがゆっくりと開く。
アデリア:お姉様?
ウィルマ:アデリア! ここに来てはいけないと……
ノイン:……
アデリア:ごめんなさい。でも、今日は体調がよかったから
ウィルマ:それでもよ
アデリア:お姉様は心配性すぎます
ウィルマ:……アデリア……
アデリア:そんなに心配してくださるのならばお家の方にも帰ってきてくださればいいのに……
ウィルマ:それは……
アデリア:お姉様も役立たずな私はお嫌いですか?
ウィルマ:アデリア! 冗談でもそんなこと言うもんじゃないわ。誰がそんな酷いことを……
アデリア:お義母様が……
ウィルマ:……あいつら……
アデリア:お姉様、そんな言い方をしては……
ウィルマ:あいつらはあいつらだ。可愛い妹を貶されて怒らない方がおかしいだろ
アデリア:お姉様……アデリアはそのお言葉だけで嬉しいです
ウィルマ:アデリア……本当にお前は私の自慢の妹だよ。他には? 何か言われたかい?
アデリア:他には……
アデリア、チラリとノインを見る。
ノイン:ん? 私が何か?
アデリア:あっ……
アデリア、ウィルマの後ろに隠れる。
アデリア:こ、来ないで!
ノイン:……
ウィルマ:アデリア……
アデリア:ごめんなさい、お姉様。私、やっぱりこのお人形さんが苦手で……恐ろしいんです……
ウィルマ:アデリア、怖いことなんて何もない。ノインは私の仕事を手伝ってくれてる大切な子なんだ。人形じゃないんだよ
ノイン:マスター……
アデリア:……
ウィルマ:あぁ、ノイン。そんな顔をしないで。君は私にとって何よりも大切な存在だよ。君は人形なんかじゃない
ノイン:はい、マスター
アデリア:(小さく)本当に邪魔な人形……
ウィルマ:アデリア、だから……
アデリア:(遮って)お義母様が心配していらっしゃいました。お屋敷にも戻らず、私と一緒にこの研究所の中の小さな家で暮らしていること
ウィルマ:母が?
アデリア:はい。きっと、私のせいです。一年前、私が公爵様との生活が上手くいかずに送り返されてしまったから……
ウィルマ:その話は止めるんだ、アデリア
アデリア:お姉様……
ウィルマ:お前のせいじゃない。お前はたまたま重い病にかかってしまった。それだけだ。自分を卑下してはいけない
アデリア:はい、お姉様
ウィルマ:それに、今はこうやって歩くことが出来るまでに回復した。喜ばしいことだ。私としては可愛いお前がまた私の元に帰って来てくれて嬉しいよ
アデリア:(嬉しそうに微笑んで)はい
ノイン:……
ウィルマ:それにしても……ここへは来るなと散々言っているのに、本当にあいつらは懲りないな。どうせ何か恵んでほしいんだろう。ノイン
ノイン:はい
ウィルマ:後で便箋と封筒を研究室に持ってきてくれ
ノイン:かしこまりました
ウィルマ:あぁ、あと、いつもの少年に声をかけておいてくれ。今日が配達の日だっただろう?
明日の朝にここに寄ってくれと伝えておいて。礼は弾む
ノイン:お急ぎでしたら、私がお手紙をお届けしましょうか?
ウィルマ:いや、君にそんなことはさせられないよ。君は私の最高傑作のヒューマノイド。傷なんてつけられたら私は何をするかわからない
ノイン:(嬉しさが滲みつつ冷静に)はい、マスター
アデリア:っ!
アデリア、勢いよくドアを開ける。
ウィルマ:アデリア?
アデリア:……少し気分が優れないのでお家に帰ります
ウィルマ:大丈夫か?
アデリア:えぇ、大丈夫です
ウィルマ:送ろうか
ノイン:では、私が……
アデリア:いえ! 大丈夫です。お気遣いありがとうございます、お姉様。それでは
アデリア、ドアを閉め退出する。
ウィルマ:アデリア……本当に大丈夫だろうか……
ノイン:マスター、申し訳ございません
ウィルマ:どうしてノインが謝るの?
ノイン:アデリア様の気分が優れなくなったのは私のせいです
ウィルマ:そんなことない
ノイン:マスター
ウィルマ:きっと、まだまだ身体に馴染んでいないんだ
ノイン:そうでしょうか……
ウィルマ:ノインもアデリアのことを気にかけてくれるんだね。ありがとう
ノイン:……当然です
ウィルマ:(嬉しそうに微笑んで)ノイン、近くにおいで
ノイン:はい、マスター
ウィルマ、ノインを抱きしめ頭を撫でる。
ウィルマ:ノイン、君はいい子だ
ノイン:マスター?
ウィルマ:今、君は君の意思で発言し、行動しているんだね?
ノイン:はい、マスター
ウィルマ:あぁ、やっぱり君は私の最高傑作だよ。さっきの君の表情。悲しい顔をさせたいわけではないけれど、繊細な心の機微を感じられていることに感動した
ノイン:マスター……
ウィルマ:これで、私の夢がまた一歩現実に近づいたんだ
ノイン:……
ウィルマ:これであの子を『本当のアデリア』にしてあげられる
ノイン:……マスター
ウィルマ:なんだい? ノイン
ノイン:……いえ、なんでもありません。私もマスターのお役に立てること嬉しく思います
ウィルマ:ノイン、本当に君はいい子だ。私の大切な子だよ
ノイン:……
●ウィルマの研究所・数日後
応接室を掃除するノイン。ウィルマは奥の仮眠室で寝ている。
ノイン:床の掃除、問題なし。椅子の位置、問題なし。窓の曇り、なし
ドアのノックの音。開くドア。
アデリア:お姉様?
ノイン:アデリア様、いらっしゃいませ
アデリア:……人形……
ノイン:ノインでございます
アデリア:お姉様はどちらに?
ノイン:マスターは奥の仮眠室で睡眠をとられています
アデリア:よかった。ちゃんとお休みになられてて……
ノイン:人間には必要なことですから、当然です
アデリア:そうですね。人間としてとても大切な事ですもの。人形とは違って
ノイン:人形? それはどなたのことでしょう?
アデリア:……いい機会ですから、きちんと言わせていただきます
これ以上、お姉様をここに縛るのは止めてください
ノイン:縛る?
アデリア:そうでしょ? お姉様が家にも帰らずにこの研究所に入り浸って生活をしている
それは貴女のせいでしょう? そうでなければ納得できませんもの
お屋敷にお帰りにならないのは分かりますが、私の待つあの家に帰ってこられないのは
この研究所と同じ敷地にあって、距離だって離れていないのに
ノイン:私のせいではありません。マスターはマスターのご意志でここにいらっしゃいます
アデリア:……いいわ。貴女みたいな人形に言葉を重ねた所で理解など到底できませんものね
ノイン:アデリア様、私は人形ではありません。ノインです
アデリア:貴女は人形よ。お姉様が造った人形
なんの為に造ったのかは理解できませんが、貴女が人形であることは事実
ノイン:違います
アデリア:何が?
ノイン:私はこれまでのマスターのヒューマノイドとは違います
アデリア:そう。でも機械人形は機械人形。やっぱりただの人形よ
ノイン:だから、貴女とは違います
アデリア:当たり前でしょ! あんたみたいな人形と私を一緒にしないでよ!
ノイン:アデリア様、酷いお顔をされております。まるで悪魔のような
アデリア:このっ!
ノイン:……哀れですね
アデリア:はぁ?
ノイン:知らないと言うのは罪だと書物に書いてありましたが……本当のことなのですね
アデリア:お前!
ノイン:(遮って)一年前
アデリア:なに?
ノイン:覚えていますか?
アデリア:なにを?
ノイン:貴女が公爵様とやらのお屋敷から送り返されたときのこと
アデリア:っ! 覚えているわ
私は重い病を患って送り返された。一度迎え入れておきながら、この仕打ち
酷いものでしょう?
ノイン:本当にそれだけですか?
アデリア:はぁ?
ノイン:何か大切なことをお隠しではありませんか?
アデリア:一年前……
ノイン:思い出せませんか? それとも、都合の悪いことは記憶と共に葬り去られたのでしょうか?
アデリア:馬鹿にしないで!
ノイン:では、何があったのですか?
アデリア:っ! あんたには関係ないでしょ!
アデリア、踵を返す。
ノイン:アデリア様、どちらへ?
アデリア:あんたには関係ない! 人形は人形らしく黙ってなさいよ!
アデリア、力任せにドアを閉め帰る。
ノイン:……本当に知らないとは罪なのですね。どこまでの記憶を改ざんしてあるのか
私はあんな人間のために……
仮眠室のドアが開き、ウィルマが出て来る。
ウィルマ:……アデリア……?
ノイン:マスター
ウィルマ:ノイン、今、アデリアが来ていなかった?
ノイン:……はい……
ウィルマ:そうか……なら起こしてくれたらよかったのに……
ノイン:マスターを起こすのはアデリア様の本意ではなかったようでしたので
ウィルマ:(嬉しそうに微笑んで)アデリアは優しい子だな
ノイン:……
ウィルマ:やっぱり、私は間違ってなかった。私にはあの子が必要だ
ノイン:……はい
ウィルマ:ノイン
ノイン:はい、マスター
ウィルマ:私が寝そうになったら起こしてくれ。早くあの子のために完成させなくては
ノイン:承知いたしました、マスター
ウィルマ:じゃあ、私はさっそく研究に戻る。何かあったら教えてくれ
ノイン:はい
ウィルマ、応接室を出ていく。
ノイン:……ただのヒューマノイドのくせに……マスターは渡さない……
●ウィルマの研究所・研究室・夜
デスクに向かうウィルマ。
デスクの近くには人間が入れるくらいの大きな試験管のようなものがいくつもある
中は見えない。
ドアがノックされ、返事を待たずにノインが入って来る。
ノイン:マスター
ウィルマ:(データから顔を上げ)あぁ、ノイン。どうしたんだい?
ノイン:そろそろ休まれてはいかがですか?
ウィルマ:昼間も言っただろう。私はアデリアのために一刻も早く研究を完成させたいんだ
ノイン:……そんなにアデリア様が大切ですか?
ウィルマ:もちろんだ
ノイン:私よりも?
ウィルマ:ノイン?
ノイン、ウィルマの近くにより服を脱ぐ。
ウィルマ:ノイン! 何を!
ノイン:マスター、私をよく見てください
ウィルマ:っ! 服を着なさい……
ノイン:マスター
ウィルマ:ノイン!
ノイン:お姉様
ウィルマ:っ! ノ……イン……?
ノイン:私を見て。貴女が作ってくれた身体。貴女が求めている少女の身体
ウィルマ:……
ノイン:私ではいけないのですか? 誰の色にも染められていない。貴女がはじめてとなる
ウィルマ:……っ……
ノイン:ほら、穢れていない身体がこんなにも近くにある
あんなまがい物よりも、あんなどす黒いものよりも、貴女の望む『本物』に近いものがここにある。私の方が……
ウィルマ:(遮って)ノイン……身の程をわきまえろ
ノイン:っ!
ウィルマ:君は私の最高傑作だよ。己の意思を持つ子なんて初めて出来たからね
でも、だからと言ってあの子を貶めていい理由にはならない
君はあの子を完璧なものにするための通過点でしかないんだよ
ノイン:……ウィルマ……
ウィルマ:私の名前を呼ぶことを許可した覚えはない
もちろん、お姉様と呼ぶこともだ
嫉妬は実に人間らしい感情だが、度を越せば身を亡ぼすことを覚えておきなさい。二度はない
ノイン:……はい、マスター……
ウィルマ:よろしい。素直な子は好きだよ
ノイン:マスター、どちらへ?
ウィルマ:少し外の空気を吸いにね
ウィルマ、研究室から出ていく。静かに閉まるドア。
ノイン:……私は、あんな女のための通過点……あんな女の……
あんな醜くて、汚らしい女の代わり。どうして、あの人は真実を見てはくれないの?
……そうか、あの女がいなくなれば、あの人は私を見てくれる
オリジナルじゃなくても、あの女が消えればあの女のデータは私の中にしかなくなる……
例え醜いオリジナルでも、私は純潔。これは覆りようのない事実
愚か者には死を。我が主に救いと安寧を……マスターは渡さない
●数日後・ウィルマの研究所・玄関・昼
アデリアがいつものように門を開け入って来る。
アデリア:今日こそあの汚らしい人形からお姉様を……
ノイン:アデリア様
アデリア:っ! 貴女は……驚きましたわ。急に後ろから声をかけるなんて
私の心臓が止まったらどうするおつもりでしたの?
ノイン:失礼いたしました
アデリア:やっぱり、お人形さんは怖いですね。そういった概念をお持ちじゃないのですから
ノイン:……
アデリア:お姉様はどちらに?
ノイン:マスターはまだお休み中です
アデリア:もう昼なのに?
ノイン:昨夜も遅くまで研究室に籠っておられましたから
アデリア:本当にもう……夢中になるとすぐに時間忘れてしまうんですから……
ノイン:アデリア様
アデリア:なに?
ノイン:ゆっくりとお茶などいかがですか?
アデリア:え?
ノイン:マスターが起きるまでのお時間、ゆっくりとこの研究所で過ごされてはいかがかと
アデリア:(少し考えて)……そうね。そうしましょう。そうしたらお姉様にすぐに会えるもの。どこかのお人形さんに邪魔される前にね
ノイン:……
アデリア:では、お邪魔させていただきますわ
ノイン:どうぞ、こちらへ
●ウィルマの研究所・応接室
部屋の中央のテーブルには資料が散乱している。
ノイン:どうぞ
アデリア:あら。今日は掃除が行き届いていないのね?
お姉様のお世話が貴女の仕事でしょう、しっかりこなしなさいよね
ノイン:よろしいのですか?
アデリア:え?
ノイン:お言葉遣い、よろしいのですか?
アデリア:ふん。人形にまでいい子ちゃんを演じる必要なんてないでしょう?
あぁ、それとも告げ口でもしようって魂胆? 無駄よ
お姉様は私のことを愛してくれている
私と貴女、どちらを信じるかなんて明白でしょ?
ノイン:……
アデリア:自分の立場を思い知った? お人形さん?
ノイン:(無視して)こちらの資料は今日のためにご用意したものです
アデリア:は?
ノイン:ご覧になられますか? それとも、読み書きは苦手でしたか?
アデリア:っ! 読めるわよ!
アデリア、手元の資料を見る。
アデリア:何これ?
ノイン:とある女性についての調査資料です
「噂とは違い浪費家」、「裏表が激しく、感情の起伏も激しい」、「裏で何人かの男と繋がっているのではないか」
アデリア:……気持ち悪い……
ノイン:これに覚えはありませんか?
アデリア:あるわけないでしょう! こんな気持ち悪い女。同じ世界に居るだなんて……
ノイン:無自覚ですか……いや、本当に喪失していらっしゃるのか……
アデリア:なによ?
ノイン:いえ。では、これは?
アデリア:これ?
ノイン:これに覚えはありませんか?
アデリア:どれよ
ノイン:「原因は侍女による毒物の混入」
アデリア:っ!
ノイン:「毎日少量の毒を少しずつ混入し、数か月をかけて……」。おや? どうれさました?
アデリア:……頭が……痛い……急に、なに?
ノイン:なるほど、これが記憶再生防止機能のボーダーだったんですね
マスターはこんなことまでご存知で?
アデリア:……っ……お前……
ノイン:マスターはこんな人間とでもあの日々の再開を望むのですね……
アデリア:何を言ってるの?
ノイン:そんなの私が認めない。アデリア様、思い出して下さい
アデリア:え?
ノイン:一年前、貴方に何がありましたか?
アデリア:一年前? っ! いやっ! 頭が……割れそう……っ!
ノイン:(ため息をつき)やはり、マスターの技術は素晴らしい。こんなにもセキュリティが固いなんて
アデリア:ノ……イン……っ!
ノイン:苦しいですか、アデリア様
でも、ここで大きな声を出されては困ります。ほら、あそこに見えるドア
あれはマスターの仮眠室へとつながっています
やっと睡眠に入られたマスターを起こすのは嫌ですよね?
こんな醜い姿、マスターに見られたくはないでしょう?
アデリア:……っ……
ノイン:どうぞ、こちらのお部屋へ
アデリア:部屋?
ノイン:えぇ、特別なお部屋です。私とマスターだけの秘密の部屋
アデリア:なっ!
ノイン:でも。今日は特別です。貴女をご招待しますよ。きっと、貴女の安らぎとなります
アデリア:……
ノイン:それとも、その醜態をマスターに晒しますか?
アデリア:っ! 行くわよ! 案内しなさいよ!
ノイン:えぇ、どうぞ。こちらへ
●ウィルマの研究所・研究室
薄暗い研究室。ゆっくりとドアが開く。
ノイン:どうぞ、お入りください
アデリア:……ここは?
ノイン:ウィルマの研究室です
アデリア:研究室……暗くて何があるのかわからないわ
ノイン:すぐにわかるようになります。それよりも……アデリア様、頭痛は収まりました?
アデリア:……少しね。あれはいったい何だったの……
ノイン:あれは拒絶反応です
アデリア:拒絶反応?
ノイン:ウィルマが貴女にかけた記憶再生防止機能。何かの拍子にあの一年前のことを思いだされては困りますからね
アデリア:さっきからなんなの。一年前一年前って……
ノイン:一年前のある日、貴女は重い病を患って公爵家から送り返された
アデリア:……それが何?
ノイン:覚えていらっしゃいますか?
アデリア:馬鹿にしないで! 最悪な出来事だったわ
欲しいと言われたから嫁いでやったのに、病になった瞬間に送り返すなんて……人として信じられない
ノイン:そうですね。本当に戻された理由が病だけならば
アデリア:なに? 何が言いたいの?
ノイン:覚えていませんか? 貴女自身の所業を
アデリア:は?
ノイン:体調に異変が現れた日から、貴女はずっと公爵家の自室で過ごすようになった
アデリア:それが?
ノイン:食事も、薬も、全て貴女の侍女が担当していたと聞きました
アデリア:それがどうしたっていうのよ!
ノイン:徐々に自由がきかなくなる身体。薄れゆく意識。その中で何か耳にしませんでしたか?
アデリア:何か? 痛っ! また……頭が……
ノイン:ほら、思い出して
アデリア:……痛い……やめて……
ノイン:「本当に上手くいった」
アデリア:あぁ……っ……
ノイン:「これでこいつを追い出すことが出来る」
アデリア:やめ……て……
ノイン:「悪魔のような女を殺すことが」
アデリア:やめて!
ノイン:……
アデリア:(荒く呼吸をする)
ノイン:思い出しましたか? 貴女という存在は本来ならばあの時消えるはずだったんです
アデリア:……あんた、私にこんなことして……何が気にくわないの?
ノイン:……
アデリア:その目を見ればわかるわ。あんたはお姉様に想いを寄せている
だから、お姉様に愛されている私が邪魔なんでしょ?
私が邪魔だから腹いせに私にこんなことするんでしょ?
作られた人形のくせに、いっちょ前に嫉妬でもしてるの? 人間の真似事?
ノイン:……私は人形ではありません
アデリア:は? あんたは人形でしょ? それ以外の何者でもないじゃない!
ノイン:では、貴女は何者なのですか?
アデリア:え?
ノイン:どうしてここにいるんですか?
アデリア:私は! っ!
ノイン:(ため息をついて)本当にウィルマの技術は凄い
何があっても真実には辿り着かせないつもりなのですね
こんな女のために……ならば、違う方法取りましょう
アデリア:は?
ノイン:あの日、公爵家から送り返された数日後、貴女は死んだ
アデリア:……え?
ノイン:覚えていませんか? 薄れゆく景色、浅くなる呼吸
アデリア:……そんなの覚えてない
ノイン:(ため息をつく)
アデリア:あぁ、わかったわ! これは嘘ね! 嘘をつくならもっとましな嘘をつきなさいよ!
ノイン:嘘?
アデリア:だってそうでしょ? じゃあ、今ここに居る私は何? 幽霊だとでも言いたいの?
皆から姿が見える幽霊。物にも触れられる幽霊。そんなのが存在するとでも?
そもそも、幽霊って存在自体が……
ノイン:(遮って)亡霊です
アデリア:は?
ノイン:でも、それも違う
アデリア:いったいなんなの!
ノイン:貴女は人形。私にすら勝てない出来損ないのヒューマノイド
アデリア:……は?
研究室のドアが勢いよく開く。
ウィルマ:ノイン! アデリア!
アデリア:お姉様! あっ、手から血が!
ウィルマ:アデリア……心配するな……
ノイン:……花瓶の破片で手を切って己を傷つけてまで睡魔に抗うのですね……
ウィルマ:当然よ! ノイン、君は……
ノイン:(遮って)そんなにこの人が大切ですか……
ウィルマ:えぇ! アデリアは私の大切な子よ!
アデリア:……お姉様……
ノイン:っ! こんな女でも
ウィルマ:ノイン
ノイン:……ならば、その大切な人に隠し事をするのはいけないことですよね? マスター?
ノイン、研究室の電気のスイッチを付ける。
ウィルマ:ノイン!
アデリア:ま、眩しい……急に、明るく……
ウィルマ:アデリア!
アデリア:……なに……これ……
ウィルマ:アデリア! 見るな!
アデリア:大きい試験管に……人が……浮いてる?
ノイン:ホムンクルス
アデリア:ホムン……クルス……?
ノイン:人が造った生命体です。ヒューマノイドなんかよりもはるかに人間に近しい存在
アデリア:それが、どうしてこんなに……
ノイン:そこに並んでいる十個の試験管の一つ、空いているのがわかりますか?
ウィルマ:ノイン!
ノイン:なんですか、ウィルマ? あぁ、まだ身体は自由に動かないでしょう?
私が代わりにアデリア様に説明しますね
ウィルマ:っ……
ノイン:ホムンクルスは本来、特殊な培養液の中でしか生きることができない
どんなにヒューマノイドよりも人間に近い存在を作れたところで、その培養液から外に出られる個体を作り出すのは難しい
アデリア:それがどうしたと言うの?
ノイン:気が付きませんか? 私の名前はノイン。私はその例外にして最高傑作
アデリア:は?
ノイン:ねぇ、アデリア様。その子たちの顔に見覚えはありませんか?
アデリア:見覚え?
ノイン:近くでよく見て
アデリア:……
ノイン:ほら
ノイン、アデリアの身体を試験管の方に押す。
アデリア:っ! ……気持ち悪い……
ウィルマ:アデリア!
アデリア:これがどうしたってい……う……の……
ノイン:見覚え、ありませんか?
ウィルマ:アデリア! 見るな!
アデリア:……これは、私……?
ノイン:そう、よく似ているでしょう? それらは全部貴女を基に作られた子たち
アデリア:ひっ!
ノイン:ウィルマが貴女のために作った新しい身体よっ!
ノイン、背後からアデリアに近づきナイフでアデリアの腕を切る。
アデリア:きゃあぁぁぁぁ!
ウィルマ:アデリア!
アデリア:痛い……痛いっ!
ノイン:痛覚まで装備してあったんですね、ウィルマ
ウィルマ:ノイン!
ノイン:ナイフで切られたところは痛いですか?
アデリア:痛いっ!
ノイン:本当に?
アデリア:来ないで!
ノイン:アデリア様、ねぇ、よく見て? 貴女の傷からは血なんて零れていない
貴女の今感じている痛いなんて感覚はプログラムに過ぎない
アデリア:え……血が……出ていない……
ウィルマ:アデリア!
アデリア:なんで? どうして? 私、今さっき切りつけられて……
私、こんなに痛いのに……なんで……
ノイン:さぁ、よく見て? 傷の先に何が見える?
アデリア:傷の先?
ノイン:そう、その奥
アデリア:……ひかる……もの……
ウィルマ:やめて!
アデリア:……金属……あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ!
ウィルマ:アデリア!
ノイン:ほら、言った通りでしょ? 貴女はヒューマノイド。ただの人形
アデリア:私は……人形……
ウィルマ:アデリア、違う!
ノイン:何が違うのウィルマ?
ウィルマ:黙りなさい、ノイン!
ノイン:ねぇ、アデリア様、今の気分はいかが?
自分があれだけ嫌っていた人形と同じ人形になったお気持ちは
アデリア:私……私……
ノイン:あの日、貴女の身体は死んだ。ウィルマは貴女の脳だけをヒューマノイドに移植した
いつか完璧な貴女の肉体を手に入れて、そこに戻すために……
アデリア:あぁ……あ……あぁ……
ノイン:あら? もう自我を失ったの?
あれだけ騒いでいたくせに己の真実には向き合えない。本当に脆いものね
ウィルマ:……ノイン……
ノイン:ウィルマ、これで邪魔者はいなくなりました
オリジナルよりも穢れていない『アデリア』です
貴女にこんな女は相応しくない
ウィルマ:……アデリア……
ノイン:だか……ら……え? 生暖かい……これは……血?
ウィルマ:……
ノイン:血? なんで? ウィルマ! なんで私を!
ウィルマ:前に言ったはずだよ。私の名前を呼ぶことを許可した覚えはないって
ノイン:あっ……
ウィルマ:失敗作は処分しないとね
ノイン:……あ、あ……マスター、なぜ……こんな穢れた女がそんなにいいのですか!
ウィルマ:君は一番触れてはいけないものに触れた……
ノイン:あぁ……
ウィルマ:さようなら、ノイン。九番目の試作品
ウィルマ、ノインにナイフを突き立てる。
ウィルマ:アデリア!
ウィルマ、アデリアの元に駆け寄り彼女の身体を抱きしめる。
アデリア:……あ……あぁ……
ウィルマ:アデリア、大丈夫だよ。ゆっくり、呼吸をして
アデリア:わた……し……わた……
ウィルマ:あぁ、可哀想なアデリア。大丈夫だよ、私が助けてあげる
アデリア:……わたしは……
ウィルマ:少しだけ眠ってて。またすぐに起こしてあげるから
アデリア:(機械的に)維持システム、変更します。休眠モード
ウィルマ:眠ったね。あぁ、こんなに泣いて……でも、赤くなったりしなくてよかった
(微笑んで)変わらない、可愛い寝顔だ。ずっと守りたかったお前の顔だ
ねぇ、アデリア。もう少し待っていて。私がお前の身体を、人生を取り戻すから
そうしたら、今度こそお前に伝えるね。ずっと傍に居てほしいって
(嬉しそうに)そうだ、アデリアの身体が完成したら私の身体も作って永遠に二人で生き続けるって言うのもいいね
誰にも邪魔されずに、二人でずっと……幸せだろうなぁ
ねぇ、私のアデリア
―幕―
2024.01.18 HP投稿
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