【詳細】
比率:0:1
現代・ファンタジー
時間:約5~7分
【あらすじ】
深夜。
皆が寝静まった頃、そっと始まる物語。
もしかしたら、貴女のお家でも……
【登場人物】
女雛:美しい黒髪の女性。ちょっとお転婆なところもある。
●とある家の和室・夜
家の人間が寝静まる頃。時計の音。
女雛:
「ん~、疲れた~」
人間たちが深い眠りについたのを感じ取り、正していた姿勢を崩した
途端に下の方から鋭い声が飛んでくる
「はしたのうございます」
加えの銚子(くわえのちょうし)を握る女官の手にはいつもよりも強く力が込められているのが分かる
「だって~」
私の言葉にさらに彼女の目じりが吊り上がる
彼女の言いたいことがわからないでもない。でも、疲れたものは疲れたのだ
日が出ている時間はもちろん、この家の人間が寝静まるまでは絶対に動いてはいけない
動いてしまったら最後、大騒ぎになって大変なことになるからだ
その昔は人形が動くことに対して人間は寛大だったと聞く
物には八百万の神が宿ることもあり、宿るということはそれだけ大切にしてきた証だという教えがあったからだとか
だが、時は現代
そんな教えは当の昔に忘れ去られ、一方的にお役目だけを背負される現実
この家の娘の穢れを一手に引き受けて浄化する
ここの娘は良き子だし、可愛いし、守ってあげたいと素直に思う
しかし、いかんせん、穢れを浄化するのは簡単なことではないのも事実
最悪の場合、私だって翌年にここに居られるかわからない
で、あれば、この夜の数時間くらい自由にしていたってバチは当たらないと思う
三方(さんぽう)を置き、雪洞(ぼんぼり)の灯りを灯しに来てくれた女官が少し困り顔で苦笑する
「姫様、殿様がお隣に」
そう短く言葉を発すると、隣にいる殿に視線をチラリと送る
後ろからは同じく苦笑が聞こえ、次いで
「よい。確かに長時間姿勢を保つのは疲れる。数時間前まで箱の中でゆっくりしていたのだ、慣れずとも仕方ない」
と、言葉が続いた
しまった!
と心の中で叫んだ
殿がおっしゃっているように数時間前まで箱の中でのんびりしていたから忘れていた
隣には殿がいらしたのだ……
恥ずかしくなって俯く
落とした視線の先には私に鋭い声をかけた彼女が「ほら」と呆れた顔をしていた
途端に不安になる
今の自分ははたして大丈夫だろうか
箱から出る日は箱越しに人間の会話を聞いていたから今日だと言いうことは知っていた
だから、ちゃんと髪も化粧も整えて、着物も美しく見えるように整えた
少しでも「姫」として並んでもおかしくないように
一年越しに会うお慕いしている方のために
恐る恐る、ゆっくりと、かの人の方を振り返る
視線が合った瞬間に自分でもわかるくらいに顔が赤くなった
以前と変わらない穏やかなお顔。全てを包み込んでくださる微笑み
ずっと見ていたいのに見ることが出来なくて……
スッと袖で顔を隠した
「どうしたのです?」
優しい声が全身に響く
あぁ、このお声だ。私がお慕いしている大切な方のお声
「美しいですよ」
先ほどよりも近くで殿のお声がした
視界の端には、少し前までなかった自分の物ではない着物が映る
下の方から短く「きゃっ」という声が聞こえた
「愛らしい方だ。今年も貴女とこうして会えたこと嬉しく思いますよ」
そう言って私の空いている方の手をそっと握る
それだけで、心の蔵がバクバクと音を立てる
「今年も頑張りましょう。貴女一人に荷は背負わせませんから」
優しく、でも力強い言葉
この言葉に私は何度救われただろうか
三月。この時のために飾られ私たちは役割を果たす
己を大切にしてくれている人間の子の穢れを払うために
その子がいつか成長して、私の隣にいてくれるような素敵な方と巡り合い
その姓を変えるときまで
―幕―
2025.02.26 HP投稿
お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)
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