【詳細】
比率:0:2
現代・ヒューマンドラマ
時間:約30分
【あらすじ】
逢沢の元に先輩作家の沢木が飛び込んできた。
「……書けないんだ……」
生気を感じられない顔で沢木はそう言葉を零した。
*こちらは少し暗い内容になっております。
苦手だなと感じた方はそっとお戻りいただけると嬉しいです。
*こちらのシナリオは『電子ヶ沼』の女性二人バージョンです。
男女バージョンはこちらから
【登場人物】
沢木:沢木 透(さわき とおる)
ベテランと言われる作家。ヒット作も多数。
機械音痴で界隈では有名。未だに原稿は手書き。
逢沢:逢沢 かなえ(あいざわ かなえ)
作家。沢木の大学時代の後輩でもある。
●逢沢の家
部屋の隅で蹲る沢木。
それを横目に見ながら沢木の担当からの電話に出る逢沢。
逢沢:はい……そうですか。二日前から。うちには来てないですよ
まぁ、あんまり心配しなくてもいいんじゃないですかね
沢木さん、昔からたまにふらっといなくなることありましたし
あぁ……締め切りが……それは、あれですね……
流石、飯田さん。沢木さんの属性をよくご存じで
わかりました。もしこっちに顔を出すことがあれば捕獲しておきます
捕獲、くらいの表現でちょうどいいですよ。逃げられても困りますし?
沢木:……
逢沢:はい、じゃあ、また何かあれば。はい、お疲れ様です
通話を切る逢沢。
逢沢:……これでいいですか?
沢木:あぁ、すまんね
逢沢:本当に。後輩を共犯にするのやめてくださいよ
沢木:ごめんごめん。代わりに何か奢るよ
逢沢:飯田さん。困ってましたけど
沢木:……だろうね。締め切りあったからな……
逢沢:まぁ、いろいろ見越して、沢木さんに早めの日程で締め切り伝えてたみたいなのでそこら辺の傷は浅いようですけど
沢木:流石、飯田だ
逢沢:ホッとしたような顔しないでください、沢木さん。だからって破っていいものじゃないんですから
沢木:……
逢沢:ん? なんですか、そんな顔して……
沢木:いや、君は相変わらずだね、金江
逢沢:今は逢沢ですよ、苗字
沢木:ペンネームのだろ? 元々金江姓なんだからどっちでもいいだろうに
逢沢:そりゃ本名知ってればただの苗字呼びなのわかりますけど、そうじゃない人が大多数なんですから
逢沢で慣れてください
沢木:そんなにこだわる所?
逢沢:沢木さんはネットというものに疎いでしょうから知る余地もないと思いますが、結構面倒なんですよ
沢木:……ほぅ
逢沢:エゴサとかしたことないでしょう?
沢木:えごさ?
逢沢:ネットで自分の評判を検索することですよ
沢木:……
逢沢:そう言えば、先週飯田さんに会ったときに「沢木さんにノートパソコン押し付けました」って言ってましたけど使えました?
沢木:……いや。私はやっぱり、原稿用紙で書くのが性に合っているからね
逢沢:豚に真珠だったわけですね。でも、沢木さんにはその方がいいのかもしれません
沢木:おい
逢沢:昨今は簡単に情報の発信も、取得も出来るようになった。だからこその弊害ってやつがあるんです
インタビュー記事やらツイッターの発言とか、一歩間違えば非難轟々ですからね
沢木:はぁ……それと、金江の……
逢沢:(遮って)ん?
沢木:いや、すまん。えっと……逢沢の言ってたこととどう繋がるんだい?
逢沢:……沢木さんのリアコ勢がめんどくさいんですよ
沢木:リアコ?
逢沢:……わかりやすく言うなら、沢木さんのことを本気で一人の女性として好きな人たちです
沢木:おや、そんな奇特な人物がいるのか?
逢沢:甚だ疑問ですが一定数は
沢木:おいおい、甚だ疑問とはなんだい
逢沢:いや普通に疑問でしょ。こんな人のどこがいいのかと……
沢木:仮にも先輩だぞ?
逢沢:そうですね。仮にも
沢木:……大学の時はあんなに私を慕ってくれてたのになぁ
逢沢:……
沢木:先輩、先輩!って……あんときの純粋なかな……
逢沢:……
沢木:いや、逢沢はどこに行ったのか
逢沢:金江は卒業したので。今は逢沢ですから
沢木:中身は同じ人間だろう?
逢沢:一応
沢木:一応とは?
逢沢:私、沢木さんと同じサークル出身ってことも伏せてますので
沢木:なんで?
逢沢:……いろいろとあるんです
沢木:その、リアコってやつか
逢沢:まぁ、他にもいろいろと……
沢木:大変だなぁ。それで?
逢沢:はい?
沢木:そのリアコってやつは何がめんどくさいんだ?
逢沢:いろいろパターンはありますけど……
例えば、私が沢木さんと二人でご飯に行ったとするじゃないですか?
沢木:おう
逢沢:それをツイッターでつぶやくとする
沢木:うむ
逢沢:そうすると、大抵の人は「仲良しだ~」とか「いいね!」くらいの反応なんです
沢木:そりゃそうだろう。ただの日常だ
逢沢:でも、リアコ勢は違うんです
沢木:違う?
逢沢:「私の沢木さんと……同じ作家って職業なだけで……あの女……」
沢木:……物騒だな……
逢沢:こんな感じで沢木さんの絡んだ相手を殺してしまいそうな殺気を放つんです
沢木:……画面の向こうで?
逢沢:画面の向こうで。まぁ、だからと言って何か行動に移してくる人は少ないですが……
完全にいないとも言えない世の中ですからね
沢木:……恐ろしい世の中になったものだ……
逢沢:ごく一部、本当に少数の方々ですけどね
リアコ勢の大半の方々は微笑ましく沢木さんを見守ってくれてる方々だと思っていただければ
沢木:だったらなぜわざわざ誇張した?
逢沢:こうでもしないと沢木さんの頭の中には情報として留まってくれないと思ったので
沢木:うっ……
逢沢:危険なことはより誇張しておくべきでしょう。ほら、よく「大事なことなので二回言いました」とか言いますし
沢木:……
逢沢:で、一番最初の話に戻ります
沢木:あ、あぁ。そうだったな
逢沢:沢木さんが私のことを「金江」と呼ぶ。そうするとどうなると思います?
沢木:え?
逢沢:私の今の名前は「逢沢かなえ」です。そして、私は女です
沢木:「……この女、私の沢木さんから名前で呼ばれてる……私というものがありながら……」
逢沢:……相変わらずの没入具合ですね。さっき私が例えに出した女性なら、そう思うかもしれませんね
沢木:……こわいなぁ
逢沢:自分でやっておいて、ひかないでくださいよ
沢木:いや、だって、ねぇ……
逢沢:って、ことなので気を付けてくださいね。私、まだ死にたくはないので
沢木:私もいやだよ!
逢沢:わかっていただけてなによりです。あ、何か飲みます?
って言っても、インスタントコーヒーか水くらいしかないですけど
沢木:あぁ、すまんね。じゃあ、コーヒーで
逢沢:は~い。あ、薄めにしておきますね
沢木:え?
逢沢:空きっ腹に濃い目のブラックはあんまりよくないでしょ
沢木:……逢沢……
逢沢:なんでその状態でうちに来たのかはわかりませんが
沢木:……
逢沢:目の下のクマも凄ければ、顔に生気も感じられない
いつもの飄々とした雰囲気で誤魔化しているつもりでしょうが、誤魔化しきれていませんよ
沢木:……
逢沢:あ、玄関横のドア、洗面所に繋がってるので。手、洗っておいてくださいね
沢木:え?
逢沢:もう乾いているから大丈夫だと思いますけど、手の横、インクで真っ黒ですから
沢木:……
●数分後
手を洗い、机の前に座る沢木。
コーヒーを置く逢沢。
逢沢:はい、どうぞ
沢木:あぁ……
逢沢:……
沢木:……
逢沢:で?
沢木:ん?
逢沢:どうしてうちに来たんですか?
沢木:……そこは流して受け入れてはくれないのか
逢沢:当たり前です。勝手に流れで共犯になってあげたんです。理由くらい聞いて当然でしょう?
沢木:……そこが君だな。優しいんだか厳しいんだか……
逢沢:それは受け取り手の問題じゃないですか?
沢木:(苦笑して)確かに
逢沢:まぁ、理由によっては今すぐ飯田さん突き出します
沢木:おいおい
逢沢:で?
沢木:(一息ついて)……書けないんだ
逢沢:はい?
沢木:書けないんだ
逢沢:要するにスランプってことですか?
沢木:……そうなるのかな
逢沢:そうなるのかなって、今までこういうことなかったんですか?
沢木:ない
逢沢:うわぁ……
沢木:なんだ?
逢沢:いや、流石だなって思っただけです
沢木:流石?
逢沢:作家なら誰だって通る道ですよ、スランプなんて。書けないとか、書きたいものと書いてるものが違うとか
まぁ、それが本人のスランプなのか他者からの横槍のせいなのかは置いとくとして
沢木:私は今まで書きたいものを書いてただけだから
逢沢:それが凄いんですよ。悔しいですけど、やっぱり沢木さんって書き手としての才能はあるんだなって
沢木:そんなこと……
逢沢:本人が自覚してようがしていまいが事実ですから
沢木:……
逢沢:なるほど、それで家出してきたんですね
沢木:……目の前が真っ暗になるんだよ
逢沢:え?
沢木:机に向かって原稿用紙を広げて、ペンを握る。そこまでは出来る……
ただ、書き出そうとすると、息が出来なくなる
逢沢:……
沢木:溺れるみたいにだんだん苦しくなって……
気が付くと汗びっしょりで原稿用紙を破り捨てている自分がいる
逢沢:だから、書けない、と?
沢木:あぁ……
逢沢:いつから?
沢木:……三日前……かな?
逢沢:三日前……何か思い当たる原因はありますか? 悪いものを食べたとか
沢木:いや
逢沢:……となると原因は……
沢木:(遮って)なぁ、逢沢……
逢沢:はい
沢木:このまま、見逃してくれないか?
逢沢:は?
沢木:私がここに来たこと、誰にも言ってないんだろう?
逢沢:はい
沢木:だったら、準備してすぐに出てくから……
逢沢:どういうつもりですか?
沢木:……
逢沢:……それは、作家を辞めるってことですか?
沢木:そう、なるのかな……
間。
逢沢:馬鹿なんですか?
沢木:え?
逢沢:大学出てからずっと作家をしていて、他に働いた経験もない、生活能力も乏しい人間が
この先、どうやって生きていくつもりですか?
沢木:それは……
逢沢:見損ないました
沢木:……
逢沢:連載も抱えて、これからの出版の予定もあって……
そんな人がたった一回の、しかも、初めてのスランプで逃げ出すんですか?
沢木:……
逢沢:そんなの、沢木さんらしくないです
沢木:(ぽつりと)……私、らしい……
逢沢:沢木さんは……
沢木:(遮って)止めて!
逢沢:っ!
沢木:私らしいってなんだ? 君は私の何を知ってる!
逢沢:……
沢木:何も知らないくせに、わかったように説教するな!
この苦しみは、悩みは私だけのものであって、誰にもわかりはしない!
逢沢:……えぇ、私は沢木さんの……先輩の苦しみはわかりません
おっしゃる通り、その苦しみは貴女だけのものだから
沢木:(激しく肩で息をしている)
逢沢:でも、一つだけ言えることあります
沢木:(息を整えようと必死に呼吸する)
逢沢:貴女は、それで後悔しませんか?
沢木:っ!
逢沢:私の知っている沢木先輩は、昔から飄々として我儘を装っているくせに、いつでも自分のことより他人のことを心配するような人です
本当に見てて心配になるくらいに
そんな貴女が、一時の恐怖に負けて、逃げ出して……後悔しませんか?
逃げた後に起こるであろう出来事、全部抱えて生きていくことができますか?
沢木:……
逢沢:逃げるのが悪だなんて、私は思っていません。逃げることだって時には必要ですから
沢木:なら……
逢沢:でも、逃げるにはまだ早くないですか?
沢木:え?
逢沢:……私では、頼りになりませんか? 先輩の助けになりませんか?
沢木:あい……ざわ……?
逢沢:私だって作家です。先輩の後輩ですけど、年下ですけど、近しい存在ではあると思ってます
先輩みたいにヒット作ばっかりじゃないし、有名じゃないけど、付き合いだけは長いんですよ
沢木:……
逢沢:そんな作家・沢木透が死のうとしてるときに何の力にもなれないなんて……
沢木:死のうとなんて……
逢沢:してますよね?
沢木:……
逢沢:先輩ご自身は死ななくても、作家・沢木透は死にます。確実に
沢木:……死……
逢沢:作家である先輩が死んだら、その先、先輩自身だって……私は嫌です
沢木:……逢沢……
逢沢:嫌です。だから、逃げる前に頼ってください
頼るなんてしなくてもいい、せめて、今抱えてる感情をぶちまけていってください
沢木:……感情……
逢沢:負の感情なんて持ってていいものじゃない。吐き出せるときに吐き出せる人の前で吐くのがベストです
沢木:……
間。
沢木:三日前……
逢沢:はい
沢木:パソコンを開いたんだ
逢沢:え?
沢木:飯田にもらった手前、使わずにいたら申し訳ないかなって思って……
それで興味本位でインターネットを開いた。そして、これまた興味本位で自分の名前を入れてみたんだ
逢沢:はい
沢木:最初はただただ驚いた。自分の経歴や作品名がずらっと並んでいて、純粋に凄いと思った
こんなにたくさんの人が自分を知ってくれていると思うと嬉しかったんだ
逢沢:……
沢木:だから、もっと知りたくてどんどんいろんなページを開いていった
……何個目かのページを開いた時、今までとは違うものに出会ったんだ
逢沢:違うもの?
沢木:匿名掲示板、だったかな? 匿名で誰でも書き込める所
逢沢:え? えぇ……
沢木:そこに行きついたんだ。そこにも私の名前がいっぱい書かれていて、どんな内容なんだろうって思ってページを開いた
逢沢:あ……
沢木:書いてあったよ、いろんなことが……今まで触れたことのない読者の感想が……
逢沢:……
沢木:「あれのどこが面白いの?」、「今回も期待外れだった」、「一回賞とか受賞したら他はどんなのでも売れっ子扱いだよな」、「あいつの作風には反吐が出る」
逢沢:っ!
沢木:……あぁ、世間から私はこんな風に見られていたんだと愕然とした
今までにもお叱りのファンレターをもらったことはあったが、それは氷山の一角にすぎなかったんだ
私は私が面白いと思うものを書いて形にしてきたけれど、それじゃいけなかったのかって……
次の作品はいいものを、どんな読者にも受け入れてもらえるものを書こうってそう思った
でも、いざ原稿用紙に向かいペンを握ると、何を書けばいいのか分からなくなった
どんなに書いても書いても背後から声がしたんだ
「それは本当に面白い作品なのか?」と……
逢沢:……そうしたら、書くことが出来なくなった、と?
沢木:……あぁ……
少しの間。
逢沢:……やっぱり、先輩はネットに向いていませんね
沢木:え?
逢沢:文字という情報に踊らされ過ぎです。私たちは作家、文字を操る側ですよ
沢木:……
逢沢:まぁ、今まで知らなかった世界を知って手放しで楽しかったのに、急に後ろから鋭利な刃物で刺されるようなことされたら先輩じゃなくてもそんな反応になると思いますが
沢木:……まるで子どもだな
逢沢:急に物騒な例えですね。でも、確かにその通りです。先輩は子どもです
沢木:……
逢沢:匿名掲示板なんて、あんなもの半数以上は悪意の掃き溜め、言葉の墓場ですよ
沢木:……墓場……
逢沢:あぁ、墓場という表現も正しくはないかもしれませんね。ただの悪意の沼です。ヘドロの
沢木:……
逢沢:嫉妬、羨望、憧れ……それを人間の本能のままにぶつける場所です。そこに理性なんて物はなにもない
沢木:……
逢沢:先輩はそんな野生の、人間の言葉とも言い難い言葉を信じるんですか?
沢木:え?
逢沢:そんな誰が書いたともしれない、通り魔のような言葉を胸に刻むんですか?
沢木:……それは……
逢沢:貴方のことを、貴方の作品を好きだと言ってくれている人の言葉を信じてはくれないのですか?
沢木:っ!
逢沢:飯田さんや、私の言葉を信じてはくれないのですか?
沢木:あ……あぁ……っ!
逢沢:何事にも真っ新な状態で向き合えるのは先輩の凄い所ですけれど、全てを鵜吞みにしようとするのは悪い所です
どんな物語を書く時でもちゃんと調べなくてはいけない。常々そう言っていたのは誰ですか?
沢木:かな……え……
逢沢:たった一つの通り魔の言葉に目なんて向けないで。貴女に届いている好きを、貴女の傍にある貴女のための言葉を信じてください
沢木:(小さく嗚咽が漏れる)
逢沢:そこにあるのは貴女の為に産まれた言葉たちなんですから
沢木:(顔を覆い泣く)
●数十分後
涙でぐちゃぐちゃになった沢木。
逢沢がタオルを差し出す。
逢沢:はい、タオル、使ってください
沢木:……すまんな……
逢沢:(小さくため息をついて)本当に先輩ってアナログ人間が似合いますよね
沢木:……
逢沢:飯田さんに言ってパソコンに権限つけてもらっておかないと
沢木:……私は子どもか
逢沢:そうやって言葉に踊らされてるのは子どもの証拠かと
沢木:……気を付けよう……
逢沢:そうしてください
沢木:……あぁ
逢沢:……
沢木:……
逢沢:……さて、それじゃあ時間も時間だし、ご飯でも食べますか
沢木:え?
逢沢:さっさとご飯食べて、飯田さんに生存確認の連絡入れないと。このまま帰したらご飯も水すらも飲まないままに何日か徹夜しそうでから
沢木:……逢沢……
逢沢:書くんでしょ、沢木さん
沢木:……あぁ
逢沢:じゃあ、まずは胃になんか入れましょう。もちろん、沢木さんの奢りで
沢木:(小さく笑って)容赦ないな
逢沢:(微笑んで)そりゃ、私ですから
―幕―
2025.02.19 HP投稿
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