追想の君


【詳細】

比率:1:1

時間:約20分


【あらすじ】

ある穏やかな午後。京太郎は自分の若き頃の出来事を自分の書生に語る。


時は大正。まだ妖というものが身近だった時代。

書生であった京太郎が書生仲間との夜の集まりの帰り道で出会ったのは儚げな女性だった。


「……人を待っているのです」 



【登場人物】

京太郎:書生。

もみじ:池のほとりで泣いていた女性。


*こちらのシナリオはボイストランド様の企画、【#ボイストランド浪漫帖】に参加させていただいた作品です



●京太郎の自宅・京太郎晩年

   椅子に座り日向ぼっこをしている京太郎。手にはパイプが握られている。

   ドアを開く音。


京太郎:おぉ、来たか。待っておったよ

    重かったか? それはすまなかった。どうしてもそのもみじの鉢植えが欲しくてな

    これか? これはなぁ、わしの作品に所縁があるもみじでな

    興味があるのかね? では、これを届けてくれたお礼にちょっとだけ昔話をしようか

    わしがわしの物語を書くきっかけとなった出来事を

    あれはわしが若かった時。今の君と同じ書生として暮らしていた時のことだ


    

もみじ:(タイトルコール)追想の君




●公園の中の小道・夜

   慣れない酒に嫌悪感を持ちながら帰路についている京太郎。


京太郎:(深いため息をつき)……一体なんなんだ……揃いも揃って……

    俺は、作品について語り合おうっていうから来たと言うのに……途中から女がどうとか……

   

   京太郎、懐を探り、鈴を取り出す。


京太郎:しかも、まるで当てつけのようにこんな鈴を俺に押し付けて来るとは……

    なにが、「鈴の音は魔を払うらしい。お前のような話を書く奴には必要だろう? 実在するかは知らんがな」だ

    どいつもこいつも……

もみじ:(小さくすすり泣く声)

京太郎:ん? 女の泣き声? こんな時刻に?

    そう言えば、最近、この辺りで怪異が起こっていると聞いたな……まさか……

もみじ:(小さくすすり泣く声)

京太郎:(安堵して)これは明らかに生きた人間の声だ。妖の類ではないだろう

    だが、なら何故……

もみじ:(小さくすすり泣く声)

京太郎:(ため息をつき)……後々面倒ごとに巻き込まれても面倒だ……

    お~い! 誰かそこにいるのか~?

もみじ:っ!

京太郎:お~い

もみじ:……

京太郎:(軽く舌打ちし)居るのはわかっているんだ。さっさと姿を見せろ!

もみじ:……

京太郎:あぁ、もういい!


京太郎:(M)俺は問いかけるのをやめ、声がした方向に向かい歩を進めた

    めんどくさい集まりから解放され、嫌な酒の匂いからも遠のき、やっと心穏やかになれると思ったところにこの泣き声。今日は本当に厄日だ

    こんな時刻に公園の茂みの中から、しかも公園の小さな池に続く方向からする泣き声なんて、生身の人間とわかっても関わりたいとは一寸も思わない。寧ろ生身の人間だからこそ御免蒙りたい

    だが、そのまま放っておいて大事になり、偶々自分がそこを通っただけで後日そこに巻き込まれるのはもっと御免だ。俺の貴重な時間は俺が使い方を決める

    大事が無ければ明るい道まで送ってやればいい。水死体になられるよりも俄然いい


京太郎:(茂みをかき分け)鬱陶しい低木だな!

    一般の民衆に解放するつもりがあるのなら、もっとちゃんと整備しておけよ

    だからこんなことになるんだ!


京太郎:(M)最後の塊をかき分け池のほとりに着くと、そこには池の方に身体を向け泣き崩れた女の姿があった


京太郎:おい

もみじ:っ!

京太郎:……怯えるな。怪しい者じゃない

もみじ:……

京太郎:(ため息をつき)俺は京太郎。この近くでとある先生の元、書生をしている

もみじ:……書生さん……

京太郎:あぁ。本来ならこの時刻に出歩くことはないが、今日は書生仲間の集まりがあってな。それの帰りだ

もみじ:そうなのですか……

京太郎:あんたは?

もみじ:え?

京太郎:俺はある程度己のことを明かしたんだ。そっちも名前くらいは明かすのが筋じゃないのか?

もみじ:……もみじ……

京太郎:は?

もみじ:……もみじと申します

京太郎:で?

もみじ:え?

京太郎:あんたはここで何をしているんだ?

もみじ:何、とは?

京太郎:こんな時刻に女が一人で、しかもこんな池のふちで何をしているんだと聞いている

もみじ:……

京太郎:……言えないのか? まさかあんた……

もみじ:え? あ、ち、違います。この池に入ろうとなんてしていません!

京太郎:じゃ、何を

もみじ:人を

京太郎:人?

もみじ:人を待っているのです


京太郎:(M)そう言って儚げに微笑みながら、また泣き出しそうな顔で女は俺を見た

    わずかな月明かりに照らされたその顔を俺は不覚にも美しいと思ってしまった



もみじ:……どうして……

    何故私に会いに来てくれないの? 私のこと、忘れてしまったの?

    それとも、私のことを……?

    そんなこと許さない……許さない……許すものか……




●公園の中の小道・昼

   預かった荷物を小脇に抱え、公園の小道を通る京太郎。


京太郎:ふぅ……流石に重いな……何もこんなに一気に本を取り寄せなくても……

    まさか、先生……俺にこれをさせる為だけに?

    ……あの人ならあり得るしやり得る


   昨夜、もみじと出会った場所を通りかかる京太郎。


京太郎:ここは、昨夜の……変な女だったな……まぁ、もう関わることもないだろうが……


   通り過ぎようとした瞬間、目の端に茂みの先のもみじの頭が見える。


京太郎:は? あの女、また……まさか、今度こそ本当に?


   京太郎、急いで茂みの中に入る。




●池のほとり・昼

   池をぼんやりと見つめているもみじ。


もみじ:……法師様……

京太郎:っ! おい!

もみじ:きゃっ!

京太郎:あんた、昨日はそんなつもりないって言っていたの嘘だったのかよ!

もみじ:え? あ、昨夜の……

京太郎:おい!

もみじ:ご、誤解です! 私は本当に人を待っているのです!

京太郎:はぁ? だったらこんな物騒な池のふちとかじゃなくて喫茶店とかパーラーとかおあつらえ向きの所があるだろうが!

もみじ:ここしか知らないのです!

京太郎:は?

もみじ:……ここのほとりでまた会いましょうと約束したのです

    だから、私とあの方はここしか『同じもの』がないのです


   少しの間。


京太郎:……すまなかった

もみじ:いえ、こちらこそ。昨夜に引き続きご迷惑とご心配をおかけしてしまい申し訳ありません

京太郎:……理由はわかった。だが、夜にここに一人でいるのは感心しない

もみじ:何故?

京太郎:(少し迷ってから)……あんたは妖の存在を信じるか?

もみじ:……え?

京太郎:別に信じなくてもいい。ただ、最近この辺りで妖が出ると噂になっているんだ

もみじ:……

京太郎:まだ人が襲われたとは聞いていないが、どんなことをする妖かもわからない

    用心するに越したことはない

もみじ:……そうですね

京太郎:……あんたも、俺が変人だって思うか?

もみじ:え?

京太郎:妄想の激しい、御伽噺に溺れる馬鹿な奴だと

もみじ:……思いません

京太郎:……

もみじ:思いませんよ

京太郎:……

もみじ:(優しく微笑んで)貴方はお優しい方なのですね

京太郎:え?

もみじ:言葉が……その、少し強かったので……怖い方なのかと誤解しておりました

京太郎:あ……すまない。同期の奴らからも注意されるんだが……どうにも……

もみじ:謝らないでください。京太郎様のお優しい気持ち、とても嬉しく思います

    会って間もない私などのことを心配してくださるなんて……(微笑んで)ありがとうございます

京太郎:っ!

もみじ:京太郎様?

京太郎:さ、様なんていらない。俺はただの書生だ

もみじ:ですが……

京太郎:いい!

もみじ:(不思議に思いながらも微笑み)わかりました、京太郎さん


京太郎:(M)何故だ。俺はどうして、こんなにも彼女のことが気になるのだろう

    言葉を少しかわしただけ、お互いに名前しか知らない、そんな関係なのに……



もみじ:待つと言ったのは貴方なのに……どうして今日も来てくれないの……

    許さない……お前が……お前が私を縛ったのに……




●公園の中の小道・夜

   木々をかき分け池の近くまで歩を進める京太郎。


京太郎:おい

もみじ:(振り向き)あ、京太郎さん。今晩もお食事会だったのですか?

京太郎:あぁ

もみじ:また苦手なお酒を召し上がったのですか?

京太郎:……あぁ……

もみじ:(笑いながら)それはそれは、大変でしたね

京太郎:今日に限っては仕方がない。先生方に飲めと言われれば飲まないわけにはいかないからな

もみじ:大変ですね

京太郎:それよりも

もみじ:あ……

京太郎:ここは危ないかもしれないと伝えたはずだ。何故また

もみじ:……

京太郎:……まぁ、俺の言葉を信じるとは思っていなかったけどな

もみじ:違います! 京太郎さんのおっしゃっていることが信じられないのではなくて……

京太郎:……

もみじ:……気が付いたら、ここにいるのです

京太郎:は?

もみじ:それこそ信じられないお話かもしれませんが……気が付くとここに居るのです

    それどころか、ここに居るとき以外の記憶が……

京太郎:……ないのか?

もみじ:……はい

京太郎:何故それを早く言わない!

もみじ:私自身も京太郎さんとお会いして、はじめて気が付いたのです

    自分の名前は知っている、家のある場所も。でも、そこへとたどり着くための道を歩いた記憶がないのです

京太郎:……

もみじ:……気味が悪い、ですよね……

京太郎:いやっ!

もみじ:申し訳ありません……

京太郎:違う! あんたのことが気持ち悪いだなんて思っていない!

もみじ:……

京太郎:人知を超えるということは本当にあるのだなと、そう思っていただけだ! 本当だ!

もみじ:京太郎さん……

京太郎:俺も経験してみたい、書生として、物書きとして

もみじ:(小さく笑って)流石京太郎さんですね

京太郎:え?

もみじ:不思議なことに目がないお人です

京太郎:……あぁ。だが、羨んでばかりもいられない

もみじ:え?

京太郎:己の意識がない時間があると言うことは、その空白の時間はその身が危険に晒されているかもしれないということだ

もみじ:あ……

京太郎:そういった病を患っている、というわけでなないのだろう?

もみじ:はい

京太郎:とすれば……最近ここら辺りに現れると言われている妖の力か?

もみじ:……

京太郎:あぁ、すまない

もみじ:え?

京太郎:あんたの不安を煽りたいわけじゃないんだ

もみじ:わかっております

京太郎:……そうだ!


   京太郎、自分の着物の懐を探る。


もみじ:京太郎さん?

京太郎:あった! これを


   京太郎、少し古い鈴を取り出す。


もみじ:鈴?

京太郎:あぁ、鈴の音は魔を払う力があると言われている。妖にも該当するのかはわからないが……


   京太郎、鈴を静かに鳴らす。


もみじ:……すず……

京太郎:あぁ、少しでも何か助けになれば

もみじ:……すず……錫杖……法師……

京太郎:気休めにしかならないかもしれないが

もみじ:(にたりと笑って)み~つけた

京太郎:え?


   もみじ、京太郎の首を掴み締め付ける。


京太郎:かはっ!

もみじ:やっと……やっとお会いできましたね、法師様……

京太郎:お、おい……っ……

もみじ:ずっと、ずっと待っておりましたのに。ここで、ずっとずっと……

    貴方がここで再び会おうと、その時は私を妻にと言ってくれたから……待ってたのに……

京太郎:……っ……ち……がう……おれ……は……

もみじ:この身が朽ちて、どれだけの季節が繰り返されようと……ずっと……ずっと……待っていたのに!

京太郎:……っ……くる……し……

もみじ:待っていたのに! 貴方は私を裏切った! 憎い……憎い!

京太郎:……おれ……は……

もみじ:私が嫌ならあの時何故そう言ってくれなかった! そうすれば、私は……私はっ!

京太郎:……もみ……じ……

もみじ:っ!


   もみじの手から力が抜け、解放される京太郎。


京太郎:(激しくせき込む)

もみじ:……私は……何を……

京太郎:……もみじ……さん……

もみじ:京太郎さん! 私、私……なんてことを……

京太郎:……その姿……

もみじ:……

京太郎:……あんたが……いや、貴女がここに現れると言われていた妖だったんですね……

もみじ:……

京太郎:貴女が妖であると言うのならば、記憶がないのも合点がいく

もみじ:……妖……そう……私は、化け物……

京太郎:……

もみじ:……思い出しました……私がここにいた理由……探し求めていた方も……

京太郎:……そうか……

もみじ:昔、旅の途中だったとある法師様に好意を持ってしまったのです

    ですが、かの方は旅の途中、私の里に留まることは出来ないと……

    だから約束したのです。旅を終え戻ってきた暁には一緒になりましょうと

京太郎:……

もみじ:……わかっていたのに……結ばれるはずはないと……彼のあの瞳は私を映してはいなかった

    待っていても、彼は私の元へ戻って来ることはないと……わかっていたのです……

    でも、それを認めるのが怖かった……


   もみじ、ふらりと池の方へと向かっていく。


京太郎:どこへ?

もみじ:……この水の底へ……己を封じます……

    元々、私の良心である「もみじ」がそうしてくれていたのでしょうから

    私が出てきてしまったのは、本当に偶然。ここを行き交う人々の想いに当てられてしまったから

    懐かしい錫杖の音に似た、鈴の音を聞いてしまったから

    私はここに居てはいけない存在。貴方にまで危害を加えてしまう危険な、必要のない存在は消えなくては

京太郎:……それは違う……

もみじ:え?

京太郎:確かに、私たち人間の立場からすれば、妖は『いてはいけない』存在なのかもしれない

    だが、その妖を生む原因の多くは他でもない私たち人間だ

    ……特に、貴女の場合は……私が謝罪したところで貴女の慰めにもならないだろうが言わせてほしい

    同じ人間として、すまなかった

もみじ:京太郎さん……

京太郎:もみじさん。貴女さえ良ければ、貴女の物語を書いてもいいだろうか

もみじ:え?

京太郎:私は物書き。私の物語として、貴女の存在を残したい

    貴女の悲しみを少しでも癒せるように

もみじ:……綺麗に書いてくださいね

京太郎:全霊を尽くします。私はまだ未熟。私の師のような凄い作家に憧れ、物語を綴るだけの書生だ

もみじ:京太郎さん

京太郎:でも、これだけは断言する。物語を書き上げ、貴女を絶対に後世に伝えると

もみじ:……はい

京太郎:ありがとう

もみじ:こちらこそ

京太郎:最後に

もみじ:はい

京太郎:貴女の名前は? 


京太郎:(M)きよ。そう彼女の唇が揺れ微笑むと次の瞬間、彼女は水面に吸い込まれるように消えて行った




●京太郎の自宅・京太郎晩年

   煙を吐く京太郎。目の前の机にはもみじの鉢植えがある。


京太郎:これが、わしがわしの物語を書くきっかけとなった出会いじゃよ

    ん? どうした? そんなに不思議そうな顔をして。あぁ、わしにも若い頃があったのだよ

    そして、このもみじはその女性の名が入った美しいもみじなんだ

    ……なぁ、清姫

    

もみじ:(微笑んで)ありがとう、京太郎さん




―幕―




2025.06.22 HP投稿

      ボイストランド様企画【#ボイストランド浪漫帖】参加作品


お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)


紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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