夜雨の籠


【詳細】

比率:男1

時間:約5分


【あらすじ】

深夜。

パソコンに向かい作業をしていると外から雨が降り出した音が聞こえた。

少しだけ寂しい気持ちになるのは何故だろうか。



【登場人物】

俺:作家。きちんと締め切りは守れる人。

  でも、たまにスランプに陥ることも……



●自室・夜中

   静かな部屋の中で一人パソコンに向かう。

   外からは雨が降り始めた音。


俺:

「雨、降り始めたな……」


時計の針がてっぺんを通り過ぎてちょっと首を傾げた頃、外からの自然の音で俺は現実へと引き戻される

目の前のパソコンには締め切り間近のまだ出来上がっていない原稿が表示されている

手元のマグの中身はすでに空っぽで乾いていた


「……」


ポツポツと外の地面に落ちる雨の音に耳を澄ませる

日本語の雨の表現が的確であると実感する

先人たちの語彙力は凄まじいものだと感嘆すると同時に己の筆の遅さにため息が出る

この分だと今回も担当からの懇願メールや叱咤激励のメッセージが届くことだろう

先に謝っておくべきか……


「まぁ、年に偶にある恒例行事だと思ってくれ」


誰が聞いているわけでもないのに口から言葉が生まれる

あいつが聞いたら、泣き言なんて言ってないで書いてください、と言ってきそうだ

いつもきちんと締め切りを守っているんだ、たまにはこういうことだってある

俺だって人間だ


椅子から立ち、気分転換代わりにくぅっと背伸びをする

息を吐きながら脱力するとふと手元のスマホが目に入る


なんとなく手に取り、いつもの流れでSNSを開く

こんな時間だというのにいろんな人たちがメッセージを投稿していた

それに妙な安心感を覚える

別にいつもと同じネットの世界、いつもと同じ誰かの日常を一方的に見ているだけなのに……

これも雨の影響なのだろうか

雨という籠の中、深夜に一人取り残されたという感覚が俺の中のどこかにあるのかもしれない

なんて……俺には似合わないか……


「あ……」


自分のセンチメンタルな思考を鼻で軽く笑いスッと画面を動かすと一つの投稿が目に入った

『雨だ~。めっちゃ降ってるよ~』なんてのん気な投稿


「……起きてるのかよ」


投稿主の名前を見て呆れる

『健康と美容のために睡眠は大事! 夜中に起きてるとかダメ!』なんて言ってたのはどこの誰だよ

頭の中に律儀な元同僚の顔が浮かぶ

俺がまだ社会人と作家の二足の草鞋を履いていた頃、ことあるごとにお小言を言ってきたあいつ

『睡眠は大事!』が口癖のあいつはこんな時間に何をしているんだろうか


ちょっとした意地悪心が芽生え、あいつにメッセージを送る

『睡眠は大事だぞ?』なんて、俺が言える立場じゃないことは重々承知だ


メッセージはすぐに返ってきた

返事は予想通り、『なんで起きてるの?』

思考が当たりすぎて思わず笑いが零れる


「……あれ?」


深夜、自分の部屋に少しだけ響いた笑い声にフッと現実に戻る

そう言えば、最近笑ってなかった気がする

笑ったおかげなのか、それともこののん気な元同期のおかげなのか、心なしか少し肩の力も抜けた気がする

「……寝るか……」


急に襲ってきた眠気に俺は素直に従うことにした

洗面所で軽く歯を磨き、眼鏡をはずしてベッドに転がる

スマホに表示された通知は知らんぷりして、一言「寝るわ」とメッセージを入れる

一応メッセージを送った手前こういう筋は通しておかないとな


ゆっくりと目を閉じる

時刻は深夜

相変わらず外は雨が降っているけれど、さっきまでのそれとは違って聞こえた




―幕―




2025.07.03 HP投稿

Special Thanks:ベルナックル様

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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