バトラキオン・シンフェロー【瓶の人様合作シナリオ】


*こちらのシナリオは瓶の人様との合作シナリオでございます

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【詳細】

比率:性別不問2

ファンタジー

時間:約45分


【あらすじ】

「エルフは化け物。人間を喰らう悍ましい存在だ」


世界の外れに位置する森に独り暮らすフーレ。

大きな出来事はないが穏やかに流れる日常。

そんな彼の者の所にヒト族のエヴァルスが現れる。


「俺はお前を殺しに来た!」



【登場人物】

エヴァ:エヴァルス。人間の子ども。フーレを殺しに森に来た。


フーレ:エルフ。その命は長い。


フーレ:(M)「エルフは化け物。人間を喰らう悍ましい存在だ」

    そう言われていた時代があった

    他種を受け入れられないのはいつの時代も、どの種族も変わらない

    変わることのできない本質だと、私も、そう思っていた

    受け入れられないのであれば、お互いに接触しなければいいものを

    どちらが優勢で、より優れているのかを決めなければ安心して暮らせない

    愚かすぎて反吐が出る

    世界が変わらないのであれば、自分が世界から外れればいい

    あの時の私はそう思い、一人世界の外れに位置していた森に引きこもった




●エルフの森


エヴァ:長い耳……深緑の瞳……あれが、エルフ……

    やっと見つけた……アイツを殺せば……


   エヴァルス、フーレの背後からナイフを持って襲い掛かる。


フーレ:(エヴァルスの気配に気が付き)ん?

    ……珍しいお客人だ

エヴァ:っ!? 気付かれた……!?


   エヴァルス、咄嗟に距離を取る。


エヴァ:お前……エルフだな……?

フーレ:いかにも。それをわかって襲ってきたのだろう?

エヴァ:エルフ……お前を殺す……っ! 大人しくやられろ!

フーレ:……面倒だ……面倒だが、無抵抗に殺される気はさらさらない


   フーレ、鈴の形の耳飾りを指で弾く。


エヴァ:(M)長い耳に揺れるイヤリングの鈴から放たれた不思議な音が、俺の耳を、頭を身体を包み込むように響いてくる


エヴァ:なっ! ぐぁっ!! くそ、なんだこれ! 動かないっ!

フーレ:暴れるな。暴れれば更に拘束が強くなる

エヴァ:うっ……!


   エヴァルス、強まる拘束で抵抗できずに膝を折る。


エヴァ:……俺を……殺せ

フーレ:殺す? 何故?

エヴァ:……失敗した。ただそれだけだ

フーレ:断る

エヴァ:っ……! なんでだ!!

フーレ:逆に問おう。何故私がそなたの死に関わらねばならない?

    知りもしない人間の汚れを何故私が背負わねばならない?

エヴァ:俺はお前を殺そうとしたんだぞ!

    そんな奴を生かしておくわけないだろう!

フーレ:……勝手だな

エヴァ:……じゃあお前は……俺をどうするつもりなんだ……

フーレ:どうもしない。この森から出たければ出ればいいし、彷徨いたければ彷徨えばいい

    そなたがこの森で死んだとしても、その身は動物たちの糧となる

エヴァ:……くそっ……

    おいエルフ、この拘束を解け

フーレ:あぁ、それか

    そなたが大人しくなったら勝手に解ける。それまで待つことだ


   フーレ、エヴァルスに背を向けて歩き出す。


エヴァ:っ、おい!! ちっ……くそ……


フーレ:(M)これが私と人の子。いや、エヴァルスとの出会いだった




●エルフの森・数日後


エヴァ:……気付かれてないな……よし、今なら……!


   エヴァルス、フーレの背後からナイフを突き立てに行く。


フーレ:……飽きぬな

    『風よ。咎人の枷となれ。リストレント』


   フーレ、左耳の鈴のイヤリングを鳴らす。途端にエヴァルスが拘束される。


エヴァ:あぐっ!? くそ、また……!

フーレ:そなたは学ばぬな

エヴァ:っ! 離せ!!

フーレ:そなたが暴れなければすぐに解放される。して、今日は何をしに来た?

エヴァ:お前を殺しに来た……!

フーレ:(深いため息をつく)

エヴァ:俺は……お前らエルフを殺さなきゃならないんだ!!

フーレ:何故?

エヴァ:何故……言う必要はないだろ……

フーレ:……愚かだな

エヴァ:……なに……? 愚かだと……?

フーレ:愚かだろう?

    自分勝手な理由で他者の命を奪う。その行為、愚か以外のなにものでもないだろう

    人間という種族は幾千の時を経ようとも変わらぬな

エヴァ:……お前に何がわかる……!

    お前なんかに何がわかるんだ! 愚かだろうがなんだろうが知ったことじゃない!

    俺は俺の目的の為にお前らエルフを殺す!!

フーレ:……そなたに私が殺せるのか?

エヴァ:殺せる殺せないじゃない、殺すしか俺には無い

フーレ:……


   フーレ、無言でエヴァルスに近づき、自分の胸を指す。


フーレ:では、ここだ

エヴァ:なん……だよ……

フーレ:ここを貫けば私の命は絶たれる

エヴァ:……


   エヴァルスは目を閉じ、深く静かにため息をつく。


フーレ:どうした?

エヴァ:……いい。冷めた

フーレ:殺さないのか?

エヴァ:ここまで馬鹿にされたら逆にできねぇよ。お前が俺を殺せ

フーレ:理解が出来ぬ。殺すと言ったり殺せと言ったり。何故だ?

エヴァ:こんな風にお膳立てされなきゃ出来ねぇなんて、仮にお前を殺したとしても情けなくて身投げする

    それならいっその事、ここで今すぐ俺を殺せ

フーレ:やはり理解が出来ぬ。そなたの目的は我が命

    奪う過程よりも奪った結果が欲しいのではないのか?

エヴァ:これは俺の気持ちの問題だ

    エルフのお前には理解出来ねえよ

フーレ:……エルフだから、か。面白いものだな

エヴァ:……お前らエルフは俺らヒト族とは中身が違う。ヒトの皮を被った別物だろ?

フーレ:ほぅ……

    では、そなたらヒト族は簡単に皮を剥がれ、いとも簡単に取って代わられる最弱の種族だと認めるのだな

エヴァ:最弱? 違うな

    ヒト族はエルフとは違って魔力も寿命も劣っているが、洗練された技術力がある

フーレ:洗練された技術力?

    それはドワーフの者たちに引けを取らぬと?

エヴァ:ドワーフたちとは違う技術だ……例えば、こういう奴だ


   エヴァルス、口の中からカプセルを吐き出し、フーレに当たりカプセルが割れる。

   直後、フーレを光の輪が拘束する。


フーレ:これは……?

エヴァ:これはヒト族の技術の結晶、小型拘束具。やっと捕まえられたわ

フーレ:それで、どうしたいのだ?

エヴァ:このままお前を連れて行く

    散々お前の命を狙ってた癖に、女だって知った途端に生きたまま捉えて来いと抜かしやがってな

    ま、おかげでこの技術の結晶を貰えたんだけどな

フーレ:それがそなたの主の願いか。年端も行かぬ子どもに酷なことをさせる

エヴァ:そういう世界もある。俺は……俺の目的の為に使われているだけだ

フーレ:……解せぬな。そなたはその目的の為に己の命を賭するというのか?

    命を賭した結果、何がそなたに残る

エヴァ:……自分の命以上の存在が残る。その為ならいくらでもこの命をくれてやるさ

フーレ:……若いな……

    『小さき炎よ、その姿を示せ。ファイアボール』

  

   フーレ、小さな炎をエヴァルスに向けて放つ。


エヴァ:っ!?


   エヴァルス、間一髪で避ける。


エヴァ:なんの真似だ!

フーレ:そなたが望んでいるものだ

    今のは加減したが、当たれば人間ならば大火傷。加減しないものが当たれば……

    想像はつくだろう?

エヴァ:……あぁ、もうやめだ! やっぱり俺にはこんなの似合わねえ


   エヴァルス、フーレの拘束を解除する。


エヴァ:こんな狡い事をしないで次こそ殺してやるからな

フーレ:なぁ、人の子よ

エヴァ:なんだ

フーレ:そなたが信じるものは、本当にそなたにとって光と成りうるのか見極めよ

    ……光と信じるのであれば、次は最初から全力でこい

エヴァ:光……

    ふん、俺はいつだってアイツのためなら全力だ……


フーレ:(M)その言葉を残して去った人の子。強い意志と見え隠れする脆さ

    その姿が過去のあの人と重なる……

    あぁ……私はまた関わることを選んでしまったのだ


フーレ:過ちは繰り返されるもの、なのだろうか……


エヴァ:(M)長い耳に鈴のイヤリングを身につけた、深緑の瞳を持つエルフ

    ただのターゲットのはず、俺の目的を達成するために必要なアイテム

    ……ただそれだけのはずなのに……何故かアイツと重なって……

    クソっ、俺は……アイツを救わなきゃいけないのに……




●エルフの森・数日後

 木の根元に座り、幹に背を預け目を閉じるフーレ。


フーレ:……


   エヴァルス、背後からフーレを攻撃する。


エヴァ:たぁあああああああ!!

フーレ:『風よ、我を守る壁となれ、ウィンドウォール』

エヴァ:チィっ!! 防御魔法か!

フーレ:来たか


   フーレ、立ち上がりエヴァルスに向かいゆっくりと構える。


フーレ:見極めは終わったのか?

エヴァ:……さあな。光がなんだかはわからない

    だけど、俺はただ俺の大切な物のために足を止められねぇ!


   エヴァルス、フーレに突っ込んでいく。


フーレ:……ならば。『風よ刃となり踊れ、ウィンドカッター!』

エヴァ:効かねえ……よ!!


   エヴァルス、ナイフで弾く。


フーレ:魔法を弾いたっ! そのナイフ、どこで!

エヴァ:これもヒト族の技術の結晶だ! っ!!


   エヴァルス、落とし穴に引っかかる。


エヴァ:だっ、ぐぁぁ! なんだっ!?

フーレ:かかったな。ヒト族が古より狩りで使っていた『落とし穴』だ

エヴァ:なんでこんなもんをエルフが……!

フーレ:「獲物を傷つけずに捕まえる方法だ」と、とあるヒト族にその昔教わってな

エヴァ:ヒト族とエルフに繋がりがあった……?

    エルフは他族との関りはないって聞いたのに……?

    とりあえずそんなことはどうでもいい、今はここから抜け出さないと……!

フーレ:ヒト族……確かにあの人もその種族だったな……

    人の子よ、そこから逃げることは出来ぬ


   フーレ、耳飾りの鈴を指ではじく。


エヴァ:ぐっ!!


   エヴァルス、魔法で拘束される。


フーレ:なぁ、人の子。何故そなたが持つような魔法具がヒト族の手にあると思う?

エヴァ:何故……?

    ヒト族は魔法が使えない、だからそれに代わる魔法具を作った……そうだろ?

フーレ:そう。では、それらは誰が作ったと思う?

エヴァ:誰がって、そんなのヒト族に決まってるだろ!!

    これはヒト族の技術と叡智の結晶なんだ!

フーレ:少し違うな

    確かに技術はヒト族のものかもしれないが、魔法具は元を辿れば魔法に繋がる

    祖が無ければ子はならん

エヴァ:それってつまりは……エルフが作ったとでも言いたげだな

フーレ:……共に作ったんだ

エヴァ:共に……だと? 何を寝ぼけたことを……

フーレ:魔法はエルフ族にしか扱えぬ。その理は知っているだろう?

    故にエルフでなくても小さな魔法ならば扱える理を私が作った

    そして、それを定着させるための装具をルアンが作ったのだ

エヴァ:ルアン……? ルアンって、あのルアン……?

フーレ:ルアンを知っているのか?

エヴァ:ルアンは……俺の爺ちゃんだ……

フーレ:っ! ……そうか、もうそんなに時が経ったのか……

エヴァ:どうしてお前は爺ちゃんを知っている?

フーレ:この森で出会ったのだ。彼もまたそなたと同じようにエルフを捜していた

エヴァ:エルフを捜していた……?

フーレ:どうしても魔法の力が必要だと。大切な存在を助けたいのだと言っていた

エヴァ:爺ちゃんに一体何があった? そんな話聞いたことがない……

フーレ:聞かせられぬであろうな。私が口止めしたのだから

    ルアンは大切な人を救いたい。そのためには魔法を持って帰らねばならない

    だが、エルフは殺したくないと言っていた

    エルフを殺しその眼球を飲み込めば人間でも魔法が使えるようになると本気で信じていた時代の話だ

エヴァ:眼球……? 魔法? おい、それは本当なのか?

フーレ:そんなわけなかろう。我らが一族を滅ぼしたいと願う人の子……権力者の戯言

エヴァ:……そうか。おい、エルフ

フーレ:なんだ?

エヴァ:……話がしたい。攻撃はしない、引き上げてくれないか

フーレ:わかった。『風よ、汝、彼の者の翼となれ』


   風がエヴァルスの身体をゆっくりと穴から引き上げる。


エヴァ:……

    ルアン……爺ちゃんの話をもう少し聞かせてくれないか。それと……俺のことも話したい

フーレ:よいだろう。これも何かの縁だ。我が家へ招こう




●フーレ宅

   二人、机を挟んで向かい合って座る。


エヴァ:……ここがエルフの家……

フーレ:そんなにまじまじと……なにか珍しいものでも?

エヴァ:いや、なんでもない。エルフ、爺ちゃんについて知っていることを教えてくれ

フーレ:ふむ……まずはそれだな。私の名は「エルフ」ではない

エヴァ:……名はなんて言う?

フーレ:フーレだ

エヴァ:フーレ……わかった。俺はエヴァルスだ

フーレ:エヴァルス……良い名だな

エヴァ:……話を戻す。爺ちゃんについて知っていることを話してくれ

フーレ:よかろう

    と言っても、私がルアンについて知っているのは彼に会ってから別れるまでの短い期間のみだが、それでも良いか?

エヴァ:……あぁ。構わない

フーレ:どれくらい前のことだが忘れてしまったが……ルアンと会ったのもあの森だった

    ボロボロになって意識朦朧とした状態で森に入ってきたんだ

エヴァ:一度話で聞いたことがある……遠い昔に不思議な森に行ったことがあるって

    あのエルフの森のことだったのか……

フーレ:(優しく微笑み)やはり真面目な男だな。エルフの存在を誰にも話さなかったのか……

    この森に来たルアンは朦朧とした意識の中、私を見つけ縋った。はじめてだったよ

    『エルフ』とも『悪魔』とも言われず、純粋に「助けて」と言われたのは

エヴァ:爺ちゃんに何があった……

フーレ:それは私にもわからぬ。己のことについても固く口を割らなかったからな

    ……ただ、あれは人の手によってつけられた傷だ

    森の獣や我らエルフ族の刃とは違う

エヴァ:人……? 人って……なんだよそれ、誰かに追われてた……?

フーレ:状況から考えれば

    意識が戻り、私をエルフと認識した後も態度を変えることはなかった

    ただ、一貫して「力を貸してくれ」と懇願された

    もちろん、私は断り続けた。身に余る力はやがて種の滅びに繋がる

エヴァ:爺ちゃんはその後どうしたんだ……?

フーレ:(苦笑し)私が首を縦に振るまでずっと懇願されたよ。諦めずに。誰かのようにね

    だから、私は条件と制約の元に私の力を込めた宝珠をルアンに託した

エヴァ:宝珠……? それってなんなんだ

フーレ:この森のような色の石だ。砕いて小さく加工すれば宝石のようにも見える。見たことはないか?

エヴァ:見たことも聞いたこともない

フーレ:ふむ……上手く隠したものだ。先程そなたが私の魔法を弾いたナイフ

    その何処かに宝珠の欠片が隠されているはずだ。でなければ、魔法具が作れない

エヴァ:このナイフに……? そんなもん見当たらないけど……

フーレ:(優しく微笑んで)ルアンだからな

    その後、ルアンは森を去った。そこから先のことは私にはわからない

エヴァ:爺ちゃん、不思議な森に行ったことがあるって言ってた

    エルフの事もその宝珠の事も何も言わなかったけど……気付いたら居なくなってたんだ、このナイフだけを置いて

フーレ:そうか

エヴァ:爺ちゃんが居なくなったと思ったら今度は……妹も……

フーレ:妹?

エヴァ:……妹がいるんだ。今の俺にとって唯一の家族

フーレ:なるほど。その子がエヴァルス、そなたがこの森に、エルフに執着する理由か

エヴァ:あぁ。妹がある貴族に人質にされて……解放のためにそいつが要求したのが……

あんたのエルフの心臓だ……

フーレ:……何故にエルフの心臓を欲する

エヴァ:永遠の命が手に入るとかなんとか言ってたな

フーレ:永遠の命……か。人間は本当に学ばぬな……

エヴァ:奴が言っていたことは本当……なのか?

フーレ:逆に問おう、永遠の命など存在すると思うか?

エヴァ:……ない……と思う。そんなのがあったらとっくに誰かなっているはずだろ……?

フーレ:聡いな。その通りだ。長寿と言われる我らエルフにも終わりはある

エヴァ:迷信を信じて奴は心臓を欲してるってことか……

フーレ:そういうことになる

エヴァ:……都合がいいと思われるかもしれないけど……一つ相談に乗って欲しい

フーレ:なんだ?

エヴァ:妹を助けたい、力を貸して欲しい

フーレ:……良いだろう。ただ、二つ条件がある

エヴァ:条件?

フーレ:一つ、私の存在を口外しないこと。一つ、私がルアンに託した宝珠の力を引き揚げること

    過ぎた力はやはりバランスを崩す一因となるようだろうがが

エヴァ:宝珠の力を……引き揚げる? そんなこと出来るのか?

フーレ:出来る。だがそのためには……そなたの持つそのナイフを壊さねばならぬ

エヴァ:このナイフを!? それは……

フーレ:出来ぬか?

エヴァ:……これを壊さなきゃ強くできないのか?

フーレ:力を得るには代価が必要だ。力を貸す代わりに私が過去に与えた力を返してもらう

    宝珠の欠片が埋め込まれた魔法具を全て集め、一所に封印することが出来ればそのナイフを壊す必要がないが……恐らく不可能に近いだろう

    ならば、そのナイフを媒介として、全ての欠片に働きかけ、力を引き揚げるのが一番だ

エヴァ:このナイフを媒介に……

    これは、爺ちゃんの唯一の形見だ……これを見ているとあの頃を思い出す

    ……わかった、このナイフを使ってくれ

フーレ:すまぬ

エヴァ:さぁ、宝珠の力をひき上げてくれ

フーレ:それはことが済んでから。その魔法具の力なくして、そなたの妹は助けられまい

エヴァ:妹を助ける為にお前の力が必要だ、でもその為には宝珠の力を引き揚げなきゃいけないんだろ?

フーレ:そう急ぐな。今、魔法具から力を引き揚げれば何かあったと勘付かれる可能性もある

    そうなればそなたの妹の命の安全は保証できない。故に力を引き揚げるのは事が済んでからだ

    ……妹が大切なのだな

エヴァ:……当たり前だ。たった一人の肉親なんだからな……

フーレ:良き家族だな。それで、そなたの妹は今何処に?

エヴァ:ここから北にある街の一番偉いクソ貴族に捕まっている

フーレ:北の街……あの貪欲な領主が治める国か

エヴァ:あの変態クソ野郎、妹をえらくに気に入ったみたいでな……

フーレ:それで人質か……

エヴァ:何かされてからじゃ遅いんだ、だから一秒でも早く助けたいんだよ!

フーレ:ならば、まずは状況を把握せねばな

エヴァ:状況? なにをどうするんだ?

フーレ:エヴァルス、妹に関する物を何か持っているか?

エヴァ:妹の……これなら……


   エヴァルス、ポケットからハンカチを取り出す。


エヴァ:これは妹が昔俺にくれた誕生日プレゼントで、なけなしの小遣いで買ってくれたやつなんだ

フーレ:想い入れが強ければ強いほど良い。今からそなたの意識を妹の目に飛ばす

エヴァ:妹の目に? どういうことだよ?

フーレ:お前の目にそなたの妹が見ているものを映す。その目を使って状況を把握せよ

エヴァ:ッツ!? ぐっ……目が痛い……!! あぁぁ!!

    何か……見える……なんだこれは……殺風景な……部屋?

    物が……何も無い……僅かな明かり……まるで独房のような……

フーレ:独房……

    (息を飲み)っ! まさか!

エヴァ:な、なんだよ……!

フーレ:……妹の状態は確認出来るか……

エヴァ:手首に何か拘束具みたいなのがあるのしか分からない……

フーレ:……胸は動いているのか?

エヴァ:動いては……いる……意識もしっかりあるようだ……

フーレ:ならばよかった……独房に入れられた者の最悪の末路には至っていないようだ

    だが、独房となると……少々分が悪いな……

エヴァ:助け出すのが困難……って事か?

フーレ:そうだ。あの欲に支配された領主がもつ独房だ

    外からの攻撃に対してそれなりに策をこうじてあるだろう

エヴァ:どうしろってんだよ! クソっ! こんな所でうだうだやってる場合じゃないだろ!

    あのクソ貴族になにかされる前に直接乗り込んでやる!


   エヴァルス、ドアに向かって駆けて行こうとする。


フーレ:待て、焦るな。下手に動けば彼女の命が危ない

エヴァ:こうしている間にも危険が迫っているんだぞ!

フーレ:落ち着け! 妹を殺したいのか!

エヴァ:殺されるより前に奴を殺してやる!

フーレ:そなたではかなわぬ!

エヴァ:……っ……クソっ!!

フーレ:……どこまでやれるかわからぬが……一つだけ策がある

エヴァ:なんだよ、早く言え!

フーレ:そなたの影を妹の元へと飛ばそう

    攻撃をする程の力はないが、上手くすれば妹を担ぎ独房を抜け出すことは出来るかもしれぬ

    しかし……その為には三つの命を危険に晒すことになる。その覚悟、そなたにはあるか?

エヴァ:三つの命?

    もうここまで来たら怖気付いてもいられねぇよ……!

    覚悟もクソもない、やるしかないだろう!

フーレ:よかろう。我が命を使うがいい

    私を現実とそなたを繋ぎとめる媒介に、妹をあちらとそなたを繋ぐ媒介に、時空の門を開こう。気をしっかりと持て

エヴァ:時空の門……そんな事が出来るのか……っ!?


エヴァ:(M)突如として、俺の視界が揺らぎ意識が遠のく

    頭の中が荒れた海に浮かぶ船のように揺れ動く感覚に襲われる

    気持ち悪い

    長いのか短いのか分からない時間、吐き気に苛まれた後

    気がつけば俺は見覚えのある部屋に立っていた

    ゆっくりと見回すと、壁にもたれかかり拘束されている妹の姿があった

    そうだ、俺は妹を助ける為にここへ来たんだ

    俺は妹に駆け寄り声をかける

    が、この影の状態では喋る事が出来ないらしい

    目を瞑ってはいるが、幸い大事に至っていなくしっかり呼吸をしているようだ

    俺は拘束具を外そうとするが、この姿の力は実体と比べると随分非力なようだ


エヴァ:くそっ……もたもたしてらんねぇんだよ……!!


エヴァ:(M)部屋の中を見渡し使えそうなものが無いかを見る

    入口の近くに掃除用具を見つけ手に取り、拘束具の隙間へと突き立て叩く

    音が響くかもしれないが、今は気にしている暇は無い

    早くこの状況を何とかせねばならない

    その一心で拘束具へと力をぶつける

    徐々に拘束具が緩み、そして妹の手首からガチャンと音がし外れる


エヴァ:っ!よしっ!!


エヴァ:(M)妹を抱えようとするが、どうにも踏ん張りが利かない

    ここまで非力なのか……引きずっていこうにも屋敷内の人間に見つかればどうなるか分からない……

    ましてや、ここから安全な場所まで行けるのかすらも怪しい

    ここまで来て手詰まりなのか……

    せっかく妹を助けられるかもしれないのに……

    そう思っていると、脳内にエルフの声が聞こえてくる


フーレ:妹の身体をしっかりと抱きルアンのナイフを握り願え!

    エヴァルス、そなたが今望むことはなんだ!

エヴァ:ナイフ? んなもんどこに……っ!?


エヴァ:(M)さっきまでなかった筈の爺ちゃんのナイフが俺の右手に収まっていた

    妹の身体を強く抱きしめ、エルフに言われたように乞い願う


エヴァ:力をくれ……! 妹を護れる力を俺にくれ!!!!

フーレ:『我が力、宝珠を媒介とし、人の子の願いを叶えんとす

    四精霊の王よ、我に力を。時空を開け、クロノス!』


エヴァ:(M)刹那、影として存在していた俺の身体に光が纏いはじめる


エヴァ:力が……入る……!


エヴァ:(M)妹を抱き抱え、ドアを蹴破る

    激しい音に驚いた屋敷の人間を横目に俺は廊下を駆ける

    一心不乱に前へと足を伸ばし、外を目指す

    途中、屋敷のクソ主人が目の前に現れ何かを叫んでいたがお構い無しに俺は窓から外へと飛び出した


エヴァ:はぁ……はぁ…………アホみたいに力が入って…逆に気持ちが悪い……

    ……こっから…エルフの森はどう行けばいいんだ……?

フーレ:(苦しそうに息をつき)……よくやったな、エヴァルス。妹は無事か?

エヴァ:また頭の中に声が……っ

    あぁ、まだ目を覚まさないが息はしている

    ここからどうしたらいい! まさか森まで走って来いなんて言わねぇよな!

フーレ:(フッと笑い)その必要はない。そなたたちは自由だ

エヴァ:……は? どういうことだよ?

フーレ:……森に戻る必要はない。どこか静かな場所へと扉の行き先を変える

    そこで、静かに暮らせ。エルフのことも、魔法のことも、もう忘れ、関わるな

エヴァ:おい待てよ!

    何勝手に話進めてんだよ! 俺の身体だってそっちにあんだろ!

フーレ:……命をかけると言っただろう?

    時空の扉は片道切符のようなもの。進めはするが、戻ることは出来ない

    (弱弱しく微笑み)……私の元へ引き戻すだけの力はもうないのだ。あぁ、安心しろ

    私が扉を閉じればそなたの身体は実体を持つ

エヴァ:は……?

    ふざけんな! 自分の事じゃねぇのに本当に命をかけるやつがあるか!!

    今すぐそっちに行ってぶん殴ってやるから待ってろ!

フーレ:本当に……そなたはルアンに似ているな

エヴァ:は……? 何言ってんだこんな時に!

フーレ:最期にそなたに会えてよかった。長い寿命もそう悪いものではないな……

    ふふふ…私がこの扉を閉じれば、ルアンがもたらした魔法の恩恵は全て消える……

    少しの間、人間たちは騒ぎ立て混沌の世界が広がるやもしれぬ。

    己を強くもて、エヴァルス。そなたならば混乱の世界でも生き延びることが出来るだろう……

エヴァ:おいまて! 勝手に話を進めてんじゃねぇ!

    まだ、お前に言わなきゃ気が済まないことがあんだ!

    終わらせようとすんじゃねぇよ!


   フーレの声が徐々に薄く遠のく。


フーレ:……そなたと、そなたの妹と一度語らってみたかったよ

    ルアンが好きだったお茶とお菓子で……

    ……さよならだ……

エヴァ:おい…!エルフ!エルフ!! フーレェエェエ!!!


エヴァ:(M)フーレの声がブツリと切れた後、影のように揺らめいていた俺の身体は徐々に実体を得て、元の姿へと戻って行った。

    それはつまり、フーレの命が終わった事も意味していた。

    背後から聞こえる怒号を無視して、俺は妹を抱えてエルフの森を目指し再び駆け出した。




●エルフの森・一週間後


エヴァ:(M)貴族の館から一週間が経ち、ようやくエルフの森にたどり着きフーレ宅の扉を勢いよく開け放った


エヴァ:フーレ!!


   エヴァルスの声だけが反響する。


エヴァ:おいこらバカエルフ! どこにいんだ! 

    テメェのせいで走ってここまで帰ってきたんだ、顔を見せやがれ!


   物音は一つしない。


エヴァ:……まずは……顔を貸せよ……

    ……一発殴らせろ……勝手に行きやがった罰を……受けやがれ……

    ……バカエルフ……


   肩をふるわせるエヴァルス。


エヴァ:……っ……なんだ……これは……手紙?


エヴァ:(M)机の上に置かれていた一枚の手紙を手に取ると、突如光だし辺りを明かるく照らし出した

    すると、光は次第に形を作り出し見覚えのある一人のエルフが姿を現した


フーレ:……戻ってくるなと言ったはずなんだがな?

エヴァ:……丁寧にこんな魔法まで用意してよ……

フーレ:エヴァルス、そなたがこの手紙を開いたということは、妹と無事に逃れたということだろう

    それは喜ばしいことだが、ここに戻ってきたことは褒められたことではないな

エヴァ:フーレ……何が褒められたことじゃないだ……

    こんなクソみたいな置き土産用意したって事は、戻ってきて欲しかったんだろ……


   エヴァルス、拳を握り微かに肩を震わせる。


フーレ:まずはそなたに謝らねばならない。私の消滅にそなたらを巻き込んでしまってすまなかった 

    私の命が尽きる前にルアンに貸した力を引き揚げなくてはならなくてな、一番効率のいい手段があれだったのだ

    段取り的にはそなたらを無事に送り届けてから、ひっそりと消えるつもりだったのだが……

    歳のせいか己の残量を見誤った。すまない

エヴァ:……バカエルフが……

    ひっそりと消えるつもりだ……? ふざけんじゃねぇ!

    一発殴らせてから居なくなりやがれ!

    一言くらい……感謝させろよ……

フーレ:エヴァルス、そなたには感謝している

    人間を避け、虚無の中独り消えゆく私を救ってくれてありがとう

    あっちでルアンに会えたらそなたのこと、伝えておこう。良き孫をもったなと

エヴァ:あぁ……ちゃんと伝えろよ…………

    そして、いつか俺がそっちに行ったらその時にもう一度

    同じ言葉を俺に言え

    そしたら……お前のその耳に今度こそ聴こえるよう言ってやる

    「ありがとう」ってな……




フーレ:(М)「エルフは化け物。人間を喰う悍ましい存在だ」

    そう言われていた時代があった。他種を受け入れられないのはいつの時代も、どの種族も変わらない

変わることの出来ない本質だと、私も、そう思っていた

    でも、それは違った。絶望と拒絶の世界にいた私を救ったのは、人間だった


エヴァ:(M)人間にとってエルフは希少で金策の対象であるのと同時に、人間に害を成す存在

    そう伝えられ育てられてきた。

    だが、実際は違った。

    姿かたちは多少違えど、俺らと同じように喜び、怒り、哀しみ、笑う……

    エルフも人間も同じ生き物なんだ。

    爺ちゃんを通じて、フーレを通じて俺はそれを知る事が出来た


フーレ:(M)もしも……この世界にこんなもしもが存在するのであれば…… 

    次に会ったときには、エヴァルス。そなたに直接伝えよう


エヴァ:(M)もしも……今後の人生でもしもが訪れるとするならば……

    次に会えた時に、フーレ。お前に直接伝えてやる


フーレ:ありがとう

エヴァ:ありがとう


エヴァ:(M)濡れて染みの付いた手紙を胸に、俺はそう……呟いた



―幕―




2025.10.02 HP投稿

お借りしている画像サイト様:フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

Special Thanks:瓶の人様

紅く色づく季節

こちらは紅山楓のシナリオを投稿しております。 ご使用の際は、『シナリオの使用について』をお読みくださいませ。 どうぞ、よろしくお願いいたします!

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