【詳細】
比率:1:2
ホラー
時間:約20~25分
【あらすじ】
時は大正。
これはとある作家と二人の女のお話。
貴方に見えていたものは何ですか?
【登場人物】
源一郎:(げんいちろう)作家。
はな:源一郎の妻。こえと兼ね役。
本当の姿は女郎花(おみなえし)。
いと:源一郎の愛人。
本当の姿は絡新婦(じょろうぐも)。
こえ:……あなた……
源一郎:(M)声が聞こえる。あれは誰の声だったか……
こえ:私のこと……てくださいね……でも……しい……
源一郎:(M)なにを言っているんだ? 聞こえない……
こえ:……あなた……
源一郎:(M)……聞こえない……
いと:……本当に?
源一郎:え?
いと:耳を塞いだのは、その声を聞かなかったのは誰?
源一郎:……違う
いと:なにが?
源一郎:違う! 私はっ!
●源一郎の家・寝室
悪夢に魘され飛び起きる源一郎。
源一郎:っ! はぁはぁはぁ……夢……か?
はな:(扉の向こうから)先生?
源一郎:っ!
はな:……先生、大丈夫ですか?
源一郎:……その声は、はなか?
はな:はい
源一郎:そうか……
はな:あの、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?
源一郎:……あぁ
はな、寝室に入る。
はな:失礼いたします。お加減はいかがですか?
源一郎:……最悪だ……
はな:そうでございますか……
源一郎:……
はな:……
源一郎:(ため息をつく)
はな:あ、あの……
源一郎、苛立たし気に布団から立ち上がる。
はな:あ、あの、どちらへ?
源一郎:外に出る
はな:どちらに……
源一郎:(遮り)夕食までには帰る
はな:……承知いたしました
源一郎:ふん
源一郎、部屋を出る。
源一郎:(M)一刻も早くあの場所を離れたかった
あのしけった部屋の空気も、辛気臭い顔の女も全てが私の心を逆撫でる
●いとの店
カウンターに座り、酒を飲む源一郎。
いと:それで、奥様を置いてここに来た、と
源一郎:あぁ
いと:源一郎さん、酷いことなさるのね
源一郎:酷い事?
いと:だって、せっかく魘されている貴方を起こしてくれた奥様を冷たくあしらわれたんでしょう?
源一郎:……
いと:私だったら泣いちゃうわ
源一郎:君にはそんなことしないさ
いと:あら、嬉しい
源一郎:君とアレは違うだろう
いと:私も奥様と同じ女ですよ?
源一郎:……同じではない……
いと:あらあら
源一郎:(M)ころころと楽し気に彼女の喉が揺れる
細くて白い指を折り、血のように赤い唇にあて微笑む姿は妖艶で私の中の熱が上がる
いと:お酒、ほどほどにしてくださいね、先生
源一郎:……それはどうかな……
いと:あら、今日は聞き分けの悪い幼子のようなことをおっしゃいますのね
源一郎:それくらい許されるだろう
いと:奥様と夕食のお約束があるのでしょう?
源一郎:だからだ。今日は大人しく帰るんだ。だから、少しくらい我儘を言わせてくれ
いと:お酒を身体に入れ過ぎては奥様との夕食が味気なくなってしまいますよ?
源一郎:アレとの食事など、生命維持のための行為に過ぎない
いと:……なにかご不満でも?
源一郎:不満?
いと:えぇ。源一郎さんの声色からはそれが滲み出ておりますわ
源一郎:……不満などない
いと:へぇ……
源一郎:そもそも私のことを『先生』と呼び続ける女になんの期待もしていない
いと:あら、じゃあ、私も?
源一郎:君は違う
いと:あらあら
源一郎:……今日は酷く意地悪だな
いと:そうですか?
源一郎:あぁ
いと:(妖艶に微笑み)じゃあ、お詫びに、今度、あま~いあま~い蜜菓子を差し上げますね
源一郎:っ! 君って人は……本当に……
いと:ねぇ、源一郎さん
源一郎:なんだ?
いと:……貴方のことを本当に思ってくれている人のことを蔑ろになんてしないでくださいましね
源一郎:は?
いと:でないと、私、本当に貴方を閉じ込めて雁字搦めにしてしまいたくなる……
源一郎:……望むところだ……
いと:あらあら
源一郎:(M)女の色香を醸し出し、赤い唇で妖艶に微笑む彼女を私の中の私が欲する
すぐにでも手に入れたいのにいつも肝心なところでお預けをくらう
そして、その熱を持て余して家に帰れば、いつものアレが私を出向かえる
はな:おかえりなさいませ、先生
源一郎:(M)私は何故こんな女を妻としてしまったのだろうか
籍を入れてもずっと私のことを『先生』と呼ぶこの女を
●源一郎の家・居間
朝食の準備をしているはな。源一郎が入って来る。
はな:あ、おはようございます、先生
源一郎:あぁ……
はな:今日は良いお天気ですね
源一郎:……
はな:……あの……
源一郎:なんだ?
はな:本日のご予定は……
源一郎:……いつも通りだ
はな:あの!
源一郎:なんだ?
はな:よろしければ、本日、一緒に出掛けてはいただけませんか?
少しの間。
源一郎:は?
はな:え?
源一郎:出かける? お前と?
はな:は、はい
源一郎:ふざけるな!
はな:っ!
源一郎:何故私の貴重な時間をお前などに割かねばならない!
はな:それは……
源一郎:部をわきまえろ!
はな:っ……
源一郎:世話係から私の妻になったからといっていい気になるな! お前に割く時間などない!
はな:……申し訳ございません……
源一郎:……
源一郎、部屋を出ようとする。
はな:せ、先生!
源一郎:うるさい! その敬称で呼ぶな!
はな:あ……
源一郎:……出る
はな:……かしこまりました……
源一郎、部屋を出る。一人残されるはな。
はな:……私には、貴女の代わりは務まらないようです。奥様……ごめんなさい……
●いとの店
カウンターに座り、酒を飲む源一郎。
酒の入ったグラスを一気にあおり、叩きつけるようにカウンターに置く。
いと:……今日は随分と荒れてらっしゃいますね……
源一郎:……
いと:奥様と何かあったんですか?
源一郎:……
いと:ねぇ、せんせ……
源一郎:(遮り)黙れ!
いと:……
源一郎:なんなんだ……どいつもこいつも……
いと:(静かに笑う)
源一郎:なにがおかしい?
いと:いえ、変わらないな、と
源一郎:はぁ?
いと:……やっぱり、人間の本質は変わりませんね。後悔なんて一瞬。のど元過ぎれば……ですものね
源一郎:なにを……
いと:ほら、あんなに後悔したのに、涙を流したのに……もう忘れてる……
源一郎:だからっ!
いと:(遮り)ねぇ、先生。今日が何の日か覚えていらっしゃいますか?
源一郎:今日?
いと:……救いようのない……
源一郎:(M)そう低く呟くと彼女は冷たい瞳を私に向けた
私が何を忘れているというのだ。私が何をした
これだから……
いと:「これだから女は」
源一郎:っ!
いと:(鼻で笑い)ねぇ、女郎花、やっぱり私の言う通りだったでしょ?
いとの店の扉が開く。そこには、悲しそうな顔のはなが立っている。
源一郎:っ! はな、お前、どうしてここが……
はな:……先生……
源一郎:お前か! お前が彼女に何か言ったのか!
はな:え?
源一郎:(肩を掴み)お前はどこまで私の邪魔をすれば気が済むんだ!
はな:痛っ! 先生、違います……手を離してください……
源一郎:彼女が私にこんな態度をとるわけがないんだ! 言え! 何を言った!
はな:先生!
源一郎:その敬称で呼ぶな!
いと:……救いようのない男……
源一郎:いと……さん……これは!
いと:ほら、私の言った通りでしょ?
はな:……
いと:この勝負、私の勝ちね
源一郎:いとさん? コレと知り合いなのか?
いと:コレって言わないでもらえる? 下衆が
源一郎:げ、下衆……?
はな:いとさん……
いと:だから止めたのよ。いくら貴女があの人間に恩義を感じていたとしても、この男に対して救いの手を差し伸べるなんて
はな:でも、それが奥様の望みだったから……この方が傷つかないようにって……
いと:女郎花、貴女のその優しい心は尊いものだけれど現実はそんな夢物語じゃないわ
はな:……
いと:ほら、あれを見てみなさいよ
源一郎:なんだ……なんなんだ!
いと:ねぇ、先生。今日って何の日か覚えてます?
源一郎:……は?
いと:覚えてます?
源一郎:知るか! 急に態度を変えるなど、私がどれだけお前に目をかけてやったと思っているんだ!
いと:目をかけてやった? 違うでしょ? 貴方が勝手に私を使って一時の寂しさを紛らわしていただけ
源一郎:はぁ?
いと:もう、いいわよね、女郎花?
はな:……うん
いと:いい子ね。貴女の許可が下りたのならもう遠慮なく、ね?
源一郎:なんだ!
いと:ねぇ、先生? 今、貴方の目の前にいるこの子は誰?
源一郎:は? なにを……
いと:(遮り)答えて
源一郎:……私の妻だ……
いと:本当に?
源一郎:なにが言いたい!
いと:今日は何の日?
源一郎:さっきからなんなんだ!
はな:……今日は、はな様の……奥様の命日です……
源一郎:……命日? なにを言っているんだ?
いと:覚えていないの? ちょうど一年前の今日、貴方の妻はこの世を去った。流行り病だった
源一郎:そんな馬鹿な話があるか! 私の妻は今目の前にいる!
いと:違う
源一郎:は? あぁ、お前も所詮は女か。御伽噺を語るそこら辺の女と同じか。期待して損をした!
はな:いとさんを悪く言わないで!
源一郎:はな?
はな:……私は、はなさんじゃありません。私は女郎花。貴方の奥様が丹精込めて育ててくれていた花です
源一郎:……
はな:貴女の奥様の姿を無断でお借りしたことお詫び申し上げます。でも、これが奥様の願いだったから
源一郎:願い?
はな:流行り病にかかり、命も後幾何かというときに、はな様は心配そうに私に話してくれました
自分が死んだあと、先生が苦しむんじゃないかって。それは嫌だって
実際にはな様が亡くなられた後の先生は見ていられなかった。どんどん生きる気力を失っていった
だから、はな様の姿を借りて、貴方を夢の続きに誘った
源一郎:夢?
いと:私は反対だった。はなさんは家の中での貴方しか知らない。貴方の醜い一面を知らなかった
まぁ、そうよね。結婚して一年目なんてそんなものだもの
貴方のことを愛していたのならば尚更
源一郎:お前は……
いと:私は外の世界を知る者。女郎花と同じ音を名に持つ者
だから、私は知っていた。貴方の外で見せていた醜い一面を
自尊心が強くて、自己顕示欲が強くて……その実、女に弱い貴方を
源一郎:お前っ!
いと:貴方を助けたいと思う女郎花。そんな下衆の為に己の力を使って欲しくない私
だから、勝負をしようってなったの。一年後の奥様の命日。それまでに貴方が変われるか
源一郎:変われる? 私が変わる必要なんてないだろう!
いと:そういうところよ。傲慢で自分の弱さを受け入れられない情けない男
源一郎:っ!
いと:この勝負、私の勝ち。だから、貴方にはこの世から消えてもらう
源一郎:は? なにを言って……
いと:残念ね
どこからともなく糸が出現し、源一郎を飲み込んでいく。
源一郎:なんだこれは! 糸?
いと:女郎花が使ってくれた一年という歳月。どうだった? 幸せだった?
源一郎:やめっ! 離せ! くそっ!
いと:ここからは私の番。一度は感じられた後悔、私の繭の中で繰り返しなさい
源一郎:やめ……息が……
いと:安心して、死にはしないから。そんな簡単には、ね? 先生
源一郎:……あ……
いと:(微笑み)繭の中でゆっくりと、五感を奪われ、永遠にも感じられる時を
少しの間。
はな:……いとさん……
いと:これでいい。貴女はしっかりと奥様との約束を守った
はな:私がもっとしっかりと出来ていれば……
いと:変わらないわ。きっと、結末は
はな:……
いと:それよりも、身体は大丈夫?
はな:はい
いと:そう、よかった。はなさんが大切にしてくれた貴女自身を今度は大切にしなくちゃね
それが、彼女への本当の恩返しになると思うわ
はな:……はい!
はな:……あなた……
源一郎:(M)声が聞こえる。あれは……誰の声だったか……
はな:私のこと……忘れてくださいね……でも、寂しいな……
源一郎:(M)なにを言っているんだ? 聞こえない……
はな:……あなた……
源一郎:(M)……聞こえない……
いと:……本当に?
源一郎:(M)え?
いと:耳を塞いだのは、その声を聞かなかったのは誰?
源一郎:……それは……
はな:あなた
源一郎:(M)……私だ……
―幕―
2025.11.25 投稿
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